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本記事は、クリニック院長・開業医・分院展開を検討する経営者を対象に、マーケティング理論の基礎であるSTP戦略(セグメンテーション/ターゲティング/ポジショニング)を、医療機関の実務に落とし込む方法を整理したものです。
厚生労働省の医療広告ガイドラインや公的統計など公開情報を整理した内容であり、特定医療機関の宣伝ではありません。診療内容・法令解釈は最新の一次資料をご確認ください。
公開日:2026年8月/編集:mitoru編集部(匿名運営)
目次
- STP戦略とは(マーケティングの基礎)
- 医療機関にSTPを適用する際の考え方
- 診療圏調査によるセグメンテーション
- ターゲット層の設定
- ポジショニング(強み・差別化の言語化)
- 医療広告ガイドラインとの整合
- 競合分析(近隣クリニックの捉え方)
- マーケティングミックス(4P)への展開
- 事例パターンで理解するSTP
- 2024年以降の環境変化
- FAQ
- 関連リンク
1. STP戦略とは(マーケティングの基礎)
STP戦略は、市場を意味のある集団に分ける「セグメンテーション(Segmentation)」、狙う集団を選ぶ「ターゲティング(Targeting)」、選んだ集団から見て自院がどう見えるかを設計する「ポジショニング(Positioning)」の頭文字を並べたフレームワークです。フィリップ・コトラーらによって体系化され、現在は業種を問わず経営戦略・マーケティング戦略の基本形として用いられています。
STPの目的は、限られた経営資源を効果の高い顧客層に集中させることにあります。全員に好かれようとした結果、誰の記憶にも残らない状態を避け、「この症状・この不安・この生活状況の人にとっては第一想起される」状態を作ることが狙いです。
2. 医療機関にSTPを適用する際の考え方
医療は、患者が任意に来院を決められる領域と、そうでない領域が混在します。急性期の重症症例は救急搬送や紹介で流れが決まりますが、外来クリニックの多くは、患者が症状・アクセス・評判・生活動線などを見て「行く/行かない」を選択します。この選択が発生する範囲では、STPの発想は有効です。
ただし前提として、医療機関の情報発信は医療広告ガイドライン(厚生労働省)の規制対象です。効果保証・患者を誘引する目的の体験談・ビフォーアフター写真の不適切利用などは禁じられており、一般消費財と同じ広告手法をそのまま持ち込むことはできません。STPは「誰に何を届けるか」を整理する内部戦略として使い、外部発信の表現は法令とガイドラインに整合させる、という二段構えが基本です。参考:厚生労働省 医療広告ガイドライン。
3. 診療圏調査によるセグメンテーション
クリニックの一次商圏(診療圏)は徒歩・自転車・車で無理なく通える範囲で、都市部で半径500m〜2km、郊外・地方では車で15〜30分圏内が目安とされます。この範囲の人口・年齢構成・世帯構成・昼夜人口比を把握することが、医療におけるセグメンテーションの起点です。
公開データとしては、総務省統計局の国勢調査・住民基本台帳人口や、e-Statで提供される小地域統計が使えます。参考:総務省統計局 国勢調査/政府統計 e-Stat。厚生労働省の医療施設調査からは、都道府県別・二次医療圏別の施設数や診療科構成を確認できます。参考:厚生労働省 医療施設調査。
診療圏調査では、単純な人口の総数だけでなく、想定患者数の推計も重要になります。厚生労働省の患者調査からは受療率(人口10万人当たり患者数)が年代・傷病分類別に得られ、地域人口に掛け合わせることで診療圏内の推計外来患者数の概算が可能です。参考:厚生労働省 患者調査。
セグメンテーションの軸としては、次のような切り口が実務でよく用いられます。
| 軸 | 切り口の例 | 把握に使う主な情報源 |
|---|---|---|
| 地理 | 徒歩圏/自転車圏/車圏、駅からの距離、幹線道路沿い | 国勢調査、住宅地図、地域交通データ |
| 人口動態 | 年齢構成、世帯構成、昼夜人口比、就業構造 | 国勢調査、住民基本台帳人口 |
| ニーズ | 慢性疾患管理、健診、育児世代、働く世代の受診時間帯 | 患者調査、地域保健事業年報 |
| 行動 | 予約手段、来院時間帯、支払手段、再診間隔 | 自院のカルテ・予約システムログ |
4. ターゲット層の設定
ターゲティングは、セグメントの中から自院の診療機能・診療時間・立地・スタッフ体制で無理なく支えられる集団を選ぶ工程です。ここで避けたいのは、規模の大きさだけを見て選ぶことです。診療圏内に高齢者が多いから高齢者向け、と決めても、院内バリアフリー・送迎導線・在宅連携が整っていなければ来院負担が大きく継続受診に結びつきません。
実務では、次の3条件が同時に成立する集団を優先候補にすると、判断がぶれにくくなります。
- 診療圏内に一定規模で存在し、今後5〜10年でも極端に減らない
- 自院の診療機能・時間帯・アクセス条件で「他院より通いやすい」明確な理由がある
- 診療報酬・自費収入の設計と矛盾せず、収支が成り立つ
ターゲットは1つに絞る必要はありませんが、優先度をつけて内部で共有することが重要です。優先度が言語化されていないと、待合の掲示物・予約導線・スタッフ対応の温度感がずれ、患者体験全体がちぐはぐになります。
5. ポジショニング(強み・差別化の言語化)
ポジショニングは、選んだターゲットから見て自院がどう位置づいて見えるかを設計する工程です。ここで扱う「強み」は、院長の資格・経験や設備の有無だけを指しません。ターゲットの生活の中で「困りごとが実際に解消される」形になっているかが問われます。
実務で使いやすいのは、次の3項目を1文にまとめる方法です。
- 誰に(ターゲット)
- どんな困りごとに対して(患者側の課題)
- どう応える存在か(診療機能・時間・体制・連携)
この1文が、待合の掲示物・ウェブサイトのファーストビュー・スタッフ研修・地域連携先への説明の共通語になります。院内スタッフに1文を口頭で言ってもらえない状態は、ポジショニングが未定義と考えて再整理が必要です。
差別化の観点では、「他院にないもの」より「同じターゲットにとって選ぶ理由になるもの」を優先します。例として、駅前の内科クリニックが密集する立地では、診療科の珍しさではなく、平日夜・土曜午後の診療枠、Web予約と発熱動線の分離、慢性疾患のオンライン再診など、通院負担の低減が選ばれる理由になりやすい傾向があります。
ポジショニングを検証する方法としては、患者への任意アンケート、初診時の来院理由の集計、口コミサイトで自院と近隣クリニックがどのような文脈で言及されているかの読み合わせなどがあります。院内での自己認識と、患者側の受け止めがずれている場合、ずれの方向を把握することがポジショニング調整の起点になります。
また、ポジショニングは診療機能だけでなく、待合や受付での体験、電話対応、会計・処方までの時間、次回予約案内の分かりやすさといった非診療領域の要素からも構成されます。ターゲットの生活時間帯と院内オペレーションの噛み合わせが、ポジショニングの「実感」を左右します。
6. 医療広告ガイドラインとの整合
ポジショニングを外部発信する段階で参照するのが、医療広告ガイドラインです。医療法第6条の5等に基づく規制で、ウェブサイトも広告として扱われる場合があります。参考:e-Gov 医療法。
実務で特に注意される代表項目は次のとおりです。
- 他院との比較優良広告(他施設との優劣を示す表現全般)は原則禁止
- 治療内容・効果に関する誇大表現、根拠のない断定表現の禁止
- 患者を誘引する目的の体験談の掲載制限
- ビフォーアフター写真は、通常必要とされる治療内容・費用・主なリスク・副作用の併記など、限定解除要件の遵守が必要
- 自由診療では、標準的な費用・治療期間・回数・主なリスクの明示
STPで言語化した「強み」は、事実に基づき、比較優良表現を避け、根拠を示せる範囲で発信する形に翻訳します。「駅から徒歩3分」「平日20時まで診療」「Web予約対応」「発熱外来と一般外来の入口を分離」など、確認可能な事実の積み上げが基本です。
院内で使う内部資料(スタッフ向け方針書・地域連携先向け紹介資料)と、患者向けの外部発信物(ウェブサイト・院内掲示・予約導線)は、目的も規制も異なります。STPで整理した内容を発信物に反映する際は、外部発信版だけを別途、医療広告ガイドラインの観点で第三者的にチェックする体制を設けると、掲載後のトラブル回避につながります。
7. 競合分析(近隣クリニックの捉え方)
医療機関の競合分析は、同じ診療科の近隣クリニックを列挙するだけでは不十分です。ターゲットが実際に選択肢として比較する範囲を軸に整理します。共働き世帯であれば、勤務地周辺の医療機関やオンライン診療対応クリニックも比較対象に入ります。
比較の観点は、患者体験ジャーニーに沿って並べると漏れが減ります。
| フェーズ | 比較される観点 |
|---|---|
| 認知 | Google検索・地図表示・SNS露出・看板・口コミサイト情報の整合 |
| 検討 | 診療科目・診療時間・予約手段・費用目安・アクセスの分かりやすさ |
| 受診 | 予約から受付までの導線、待ち時間、院内快適性、説明の分かりやすさ |
| 再診・継続 | 再診予約の取りやすさ、慢性疾患管理、家族での通院しやすさ |
各フェーズで自院と近隣クリニックの差を客観的に並べ、優位・同等・劣位を仕分けます。劣位項目は、改善の必要性・改善コスト・ターゲットへの影響度で優先順位をつけて対応します。
8. マーケティングミックス(4P)への展開
STPで定めた方針は、実行段階でマーケティングミックス(4P:Product/Price/Place/Promotion)に展開します。医療機関では以下のような読み替えが実務的です。
| 要素 | 医療機関での読み替え | 整合ポイント |
|---|---|---|
| Product(提供価値) | 診療科目・診療機能・専門外来・在宅対応・連携体制 | ターゲットの困りごと解消と直結しているか |
| Price(費用) | 保険診療の窓口負担、自由診療の料金体系、オプション検査 | 広告ガイドラインの費用明示要件を満たすか |
| Place(提供場所) | 立地、駐車場、バリアフリー、オンライン診療、送迎 | ターゲットの生活動線に無理がないか |
| Promotion(情報発信) | ウェブサイト、地図情報、地域連携広報、案内資材 | 広告可能事項・限定解除要件の遵守 |
4P間の整合が崩れると、集患したい層と実際に来院する層がずれます。例えば「働く世代の慢性疾患管理」をターゲットにしながら、予約手段が電話のみ、診療時間が平日日中のみ、という状態は不整合です。
4Pの点検は、四半期ごと・診療報酬改定の年度・新規の連携先が増えた時点など、環境変化があるタイミングで行うと精度が保てます。点検の際は、単一のP要素だけを見直すと他の要素と齟齬が生じることが多いため、Product〜Promotionを1枚のシートに並べて相互整合を確認する運用が実務的です。
9. 事例パターンで理解するSTP
公開情報の範囲でよく観察されるSTP適用パターンを整理します。実在の医療機関を特定するものではなく、経営判断のパターン理解を目的とした一般化です。
パターンA:ターミナル駅前・内科クリニック
- セグメント:勤務前後の受診を希望する働く世代、通勤動線上の住民
- ターゲット:慢性疾患管理と急性期対応の両方を求める30〜50代
- ポジショニング:平日夜・土曜対応、Web予約、オンライン再診、健診連携
パターンB:住宅地・小児科クリニック
- セグメント:徒歩・自転車圏の子育て世帯、保育園・幼稚園近隣
- ターゲット:乳幼児から就学前後の子どもと保護者
- ポジショニング:予防接種と一般診療の時間帯分離、感染症動線の分離、家族単位の予約管理
パターンC:郊外幹線道路沿い・整形外科クリニック
- セグメント:車移動が中心の広域商圏、リハビリ継続通院層
- ターゲット:慢性疼痛管理の中高年、スポーツ関連疾患の若年層
- ポジショニング:駐車場確保、リハビリ機能拡充、予約制の待ち時間短縮、地域スポーツ団体との連携
10. 2024年以降の環境変化
STPの前提となる外部環境は継続的に変化しており、少なくとも次の動向は診療圏設計・ターゲット設定の見直し要因になります。
- マイナ保険証・オンライン資格確認の運用定着による受付フローの変化。参考:厚生労働省 オンライン資格確認
- 電子処方箋の運用拡大に伴う近隣薬局との連携再設計
- 診療報酬改定(2024年度改定)に伴う機能分化・地域連携加算の再評価。参考:厚生労働省 診療報酬改定
- 医療広告ガイドラインQ&Aの更新に伴う自院サイト・比較情報の再点検
- 人口動態変化(高齢化・単身世帯増)による受診行動の変化
STPは一度作って終わりではなく、少なくとも年1回、診療報酬改定と国勢調査系データの更新時期に合わせて棚卸しすることが望まれます。
11. FAQ
- Q1. 開業前と開業後、STPをまず考えるべきタイミングは?
- A. 物件選定前の事業計画段階で仮説を立て、開業後の実データで見直す形が実務的です。物件・診療科・時間帯・スタッフ体制は開業後の変更コストが高く、初期の仮説の質が経営余力を左右します。
- Q2. ターゲットを絞ると患者数が減るのでは?
- A. STPは「絞って除外する」ためではなく「優先度をつけて資源配分する」ための整理です。優先ターゲットの体験を最適化した結果として、それ以外の層にも通いやすい院になる、という設計を目指します。
- Q3. 差別化が思いつかない場合の起点は?
- A. 「他院にないもの」ではなく「自院の患者が実際に感謝している場面」から始めます。予約システムの操作ログ、初診時の来院理由、口コミの言及内容などが起点になります。
- Q4. ウェブサイトで表現できる範囲はどこまでか?
- A. 医療広告ガイドラインの範囲内で、事実に基づく客観的情報の記載が基本です。比較優良広告・誇大表現・患者を誘引する目的の体験談は避け、費用・治療期間・主なリスクの明示など限定解除要件が求められる場面に注意します。
- Q5. 分院展開する際、本院のSTPを流用してよいか?
- A. 診療圏の人口動態・競合状況が異なれば、セグメンテーションから作り直すのが原則です。ブランドとして共通化する部分(診療思想・患者対応の基準)と、立地ごとに再設計する部分(時間帯・診療機能の重点・広報導線)を分けて設計します。
12. 関連リンク
出典・参考
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mitoru編集部の見解
医療法人の経営において、会計の透明性は理事会・社員総会・行政指導いずれの局面でも問われます。mitoru編集部は、形式的な帳簿整備でなく、月次の経営会議で実数値を共有する運用設計を推奨します。クラウド会計はあくまで道具で、それを活かす運用が成果を分けます。