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電子カルテ・EHR(Electronic Health Records、電子健康記録)のクラウド移行は、老朽化したオンプレミス基盤の更新負担、地震・水害等の災害時のBCP、医療DX推進の要請などを背景に、多くの医療機関で経営課題として浮上しています。一方で、医療情報は要配慮個人情報であり、厚生労働省・経済産業省・総務省の「3省2ガイドライン」体系や、医療情報システムの安全管理に関するガイドラインを踏まえた検討が前提となります。本記事は、EHRクラウド移行の全体像と検討観点を、公開情報を整理する形で概説します。
本記事の想定読者は病院・診療所の経営者、事務長、情報システム担当、医療情報技師です。制度の詳細や自院への適用可否は、厚生労働省・経済産業省・総務省の公式資料、都道府県の医療計画部門、ベンダーの導入支援窓口等にあらかじめご確認ください。本記事は特定製品・特定ベンダーの推奨や、投資判断・契約判断の助言を目的としたものではありません。
この記事で分かること
- EHR(電子カルテ/電子健康記録)とオンプレ/クラウドの基本的な違い
- 3省2ガイドライン(厚労省・経産省・総務省)の全体像と関係
- 医療情報システムの安全管理に関するガイドラインで求められる主要要件
- クラウド移行を検討する際の8つの検討ステップ
- データ移行時に論点となる医事・カルテ・画像データの取り扱い
- セキュリティ・BCP・可用性の観点で確認するべきポイント
- ベンダー選定時に確認したい10項目チェックリスト
- クラウド移行が現段階では適さないケースの整理
1. EHRとクラウド化の背景
EHR(Electronic Health Records)は、患者の診療記録・処方・検査結果・画像所見等を電子的に保存・活用する仕組みの総称です。日本では診療所・病院で運用される電子カルテシステムが中心的な存在で、レセプトコンピュータ(レセコン)、オーダリング、部門システム(検体検査・画像・薬剤・栄養等)と連携して運用されます。近年は、単一施設内で完結する電子カルテから、地域医療連携や患者本人のデータ活用を視野に入れた広義のEHR/PHR(Personal Health Records)へと概念が広がっています(厚生労働省「医療情報化の推進」関連資料)。
クラウド化が検討される背景として、(1)オンプレサーバーの5〜7年更新に伴うハードウェア投資と保守負担、(2)自然災害・停電・ハード故障時の事業継続、(3)電子処方箋・オンライン資格確認・電子カルテ情報共有サービス等の医療DX関連機能への対応、(4)院内SEの確保が困難な中小規模施設の運用負担、といった要素が挙げられます。医療機関ごとに置かれた状況は異なるため、自院の課題を整理したうえで、クラウド化がその解決策として適切かを段階的に検討することが基本となります。

2. 3省2ガイドラインの全体像
医療情報を外部のクラウド事業者に預ける場合、遵守の前提となるのが「3省2ガイドライン」と総称される公的ガイドライン体系です。「3省」とは厚生労働省・経済産業省・総務省を指し、「2ガイドライン」は医療機関側の遵守事項を定めた厚労省ガイドラインと、事業者側の遵守事項を定めた経産省・総務省ガイドラインの構成を指します。現行の主要文書は、厚生労働省「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン」と、経済産業省・総務省「医療情報を取り扱う情報システム・サービスの提供事業者における安全管理ガイドライン」です(厚生労働省「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン」関連ページ)。
2-1. 厚労省ガイドラインの位置づけ
厚生労働省ガイドラインは、医療機関等における医療情報システムの安全管理措置について、経営層・企画管理者・システム運用担当者・利用者の役割ごとに求められる事項を整理した文書です。組織的・物理的・技術的・人的安全管理措置の考え方や、外部委託時の責任分界、電子保存の三原則(真正性・見読性・保存性)等の基本論点が示されています。医療機関側の責任として、外部サービス利用時にも安全管理の最終責任は医療機関にあることが明確化されている点が重要です。
2-2. 経産省・総務省ガイドライン
経済産業省・総務省の共管ガイドラインは、医療情報を取り扱うクラウドサービス提供事業者等が守るべき安全管理事項を示す文書です。医療機関から見た場合、契約するクラウドベンダーがこのガイドラインに準拠していることが、外部委託先選定の基本要件となります。ベンダー選定時は、対応表・遵守状況説明資料・第三者認証の取得状況等を提示できるかが確認ポイントです(経済産業省「医療情報を取り扱う情報システム・サービスの提供事業者における安全管理ガイドライン」関連資料)。
2-3. 3省2ガイドライン整理表
| 区分 | 対象 | 主な内容 |
|---|---|---|
| 厚労省ガイドライン | 医療機関等 | 組織・物理・技術・人的安全管理、電子保存三原則、外部委託時の責任 |
| 経産省・総務省ガイドライン | クラウド事業者等 | 事業者側の技術・組織的安全管理、医療機関との責任分界 |
3. オンプレEHRとクラウドEHRの違い
電子カルテ・EHRの提供形態は、大きく「オンプレミス型」「プライベートクラウド型」「パブリッククラウド型(SaaS型を含む)」に分類されます。オンプレミス型は自院内にサーバーを設置・運用する形態で、カスタマイズ性・データ管理の直接性に優れる一方、初期投資・更新負担・院内SE体制の確保が課題となります。パブリッククラウド型は、ベンダーが提供するクラウド基盤上で稼働するサービスを利用する形態で、初期投資の抑制・保守負担の軽減・可用性の確保が得やすい反面、外部委託先の管理・通信品質・カスタマイズ制約が論点となります。
プライベートクラウド型は、両者の中間的な位置づけで、専用の仮想基盤を用いる形態です。中規模〜大規模病院で採用されるケースがあります。いずれの形態を選択するかは、自院の規模、既存資産、院内IT体制、通信環境(光回線・冗長性)、予算構造(初期集中投資と月額運用費のバランス)等を総合的に踏まえて判断することになります。「クラウド化ありき」で進めるのではなく、自院の課題に照らして最適な形態を段階的に検討することが基本です。
4. 医療情報安全管理の主要要件
クラウド上に医療情報を保存する場合、厚労省ガイドラインで求められる安全管理措置を、自院とベンダーとで分担して満たす必要があります。ここでは主要な論点を概観します。詳細な要件は最新版のガイドラインを直接ご確認ください。
4-1. 電子保存の三原則
電子保存の三原則とは、(1)真正性(記録の作成責任の所在が明確で、故意・過失による改ざん・消去・混同が防止されていること)、(2)見読性(必要な際に画面表示・書面出力等で明瞭に判読できること)、(3)保存性(法令等で定められた期間、復元可能な状態で保存できること)を指します。クラウド上で運用する場合も、この三原則を担保する仕組みが求められます。監査ログの取得、アクセス権限の管理、バックアップ体制の設計等が具体的な実装事項として関連します。
4-2. アクセス制御と認証
クラウドEHRでは、利用者ごとの権限設計、多要素認証、パスワード管理、退職者・異動者のアカウント無効化等の運用が重要です。ID/パスワードのみの認証に加え、ワンタイムパスワード・生体認証・ICカード等を組み合わせる多要素認証の導入が、リスク低減の観点で推奨される場面が増えています。院内Wi-Fi・院外アクセス(在宅医療・遠隔読影等)における通信経路の暗号化、VPN・専用線の利用可否も、事前に整理しておく論点です。
4-3. バックアップと事業継続
クラウド事業者は一般に複数拠点でのデータ複製、定期バックアップ、災害対策データセンター等の仕組みを提供していますが、医療機関側でもリストア手順の理解、代替診療手段(紙運用への切り替え手順)、通信断時の対応マニュアル等の整備が求められます。停電・通信障害・大規模災害等の想定シナリオごとに、どの機能がどの範囲まで継続できるかを事前に確認し、BCP文書に反映することが実務上の課題となります。

5. クラウド移行の検討ステップ
EHRクラウド移行は、以下の段階に沿って進めることで、抜け漏れを抑えやすくなります。順序・粒度は自院の規模・現行システムに応じて調整することになります。
- 現状把握:現行電子カルテ・部門システムの構成、契約期間、保守終了時期、データ量、連携先を整理する。
- 目的整理:更新負担軽減・BCP強化・DX対応・多施設連携等、クラウド化で解決したい課題を明確化する。
- 要件定義:診療科構成・レセプト連携・画像連携・地域連携・在宅対応等、機能・非機能要件を整理する。
- 候補選定:3省2ガイドライン準拠、実績、サポート体制、地域内シェア等の観点で候補ベンダーを絞り込む。
- デモ・比較:実機デモ、操作性、既存業務との適合性、他院での運用事例を比較する。
- 移行計画:データ移行方式、並行稼働期間、教育計画、切替日、リハーサル手順を計画する。
- 切替実行:データ移行、動作検証、職員教育、切替日運用支援、初期トラブル対応を実施する。
- 定着・改善:切替後の稼働モニタリング、運用ルールの微調整、追加機能の段階導入を進める。
6. データ移行の実務論点
電子カルテ・EHRのデータ移行は、単純なファイルコピーでは完結しない領域です。旧システムと新システムでデータモデルが異なるため、どこまでを構造化データとして移行し、どこからをPDF/画像等のイメージデータとして参照する形にするかの判断が発生します。移行対象・移行方式は、コストと診療現場の利便性のバランスで決まる論点です。
6-1. 移行対象データの整理
主な移行検討対象として、患者基本情報、病名・アレルギー情報、処方履歴、検査結果、画像所見、看護記録、退院サマリー、同意書等が挙げられます。診療の継続性に直結する情報(患者基本情報・アレルギー・現行処方・直近病名等)は構造化データとしての移行が望まれる場面が多く、過去の詳細記録はPDF等の参照形式で残す判断もあります。移行対象の範囲は診療科・患者数・データ量とコストの兼ね合いで検討します。
6-2. 並行稼働と切替リハーサル
大規模施設では、旧システムと新システムを一定期間並行稼働させ、段階的に切り替える方式が採られることがあります。中小施設では、休診日を活用した一括切替方式が現実的なケースもあります。いずれの場合も、切替直前のリハーサル、切替直後のフォロー体制(ベンダー常駐支援、院内サポート担当)、想定外事象への切り戻し手順を、事前に文書化しておくことが実務上の要点です。
7. ベンダー選定チェックリスト
クラウドEHRベンダーを比較検討する際に、事前に確認したい10項目です。「該当する」「不明」「該当しない」を記録し、不明項目はベンダーに照会することをおすすめします。
- 1. 3省2ガイドライン準拠:厚労省ガイドライン・経産省総務省ガイドラインへの準拠状況を対応表で提示できるか。
- 2. データセンター所在:データ保管国、複数拠点の有無、災害対策サイトの構成が明示されているか。
- 3. 責任分界:医療機関側・ベンダー側の責任範囲が契約書・SLAで明確化されているか。
- 4. 稼働率・SLA:月間稼働率目標、計画停止の頻度、障害時の連絡フロー・補償条件が明示されているか。
- 5. バックアップ・リストア:バックアップ頻度、保存期間、リストア手順、実施実績が確認できるか。
- 6. アクセス制御:権限設計、多要素認証、監査ログ、退職者アカウント処理の運用が整備されているか。
- 7. 通信要件:推奨回線帯域、冗長化構成、院外アクセス(VPN等)の対応可否が明示されているか。
- 8. 連携性:レセコン、部門システム、電子処方箋、オンライン資格確認、電子カルテ情報共有サービス等との連携実績があるか。
- 9. サポート体制:導入時支援、切替日立会い、平日夜間・休日の障害対応、担当窓口の明確化がなされているか。
- 10. 契約終了時対応:解約時のデータ返却方式、データ移行支援、経過措置期間の条件が契約書に明記されているか。
10項目のうち「該当する」が8項目以上であれば、選定候補として比較検討を進める目安となります。5項目以下の場合は、追加資料の提示や質疑応答を通じて情報を補完してから判断することが望まれます。
8. クラウド移行が現段階では適さないケース
クラウド化はメリットが強調されがちですが、自院の状況によっては、現時点での移行が合理的でないケースもあります。「他院が入れているから」で判断せず、自院の状況に照らした検討が前提となります。
8-1. 既存システムの償却期間中で更新余地が乏しい
直近で電子カルテを更新済みで、リース・保守契約が数年残っているケースでは、切替コストと残存価値のバランスから、次期更新タイミングまで待つ判断が合理的な場面があります。ただし、その期間中に3省2ガイドライン改訂・電子カルテ情報共有サービス対応・電子処方箋対応等の要請が生じる可能性はあるため、情報収集は継続することが望まれます。
8-2. 通信環境の制約が大きい
離島・山間部等で回線品質・冗長化に制約がある地域では、クラウド接続断時の診療影響が大きくなる可能性があります。この場合は、オンプレ/プライベートクラウドを含めた形態選定、あるいは通信断時に一定機能を継続できるハイブリッド構成の可否を、ベンダーと事前に検討することになります。
8-3. 経営・人員の当面課題が優先される
資金繰り、医師・看護師確保、施設老朽化対応等、他により緊急度の高い経営課題を抱えているケースでは、EHR基盤刷新の優先順位を見直す判断が合理的なことがあります。この場合も、更新時期に向けた情報収集を段階的に進めておくことが、その後の判断負担軽減につながります。
9. よくある質問(FAQ)
- Q1. 3省2ガイドラインは診療所も対象ですか?
- A. 厚生労働省の医療情報システムの安全管理ガイドラインは、病院・診療所・薬局等の医療機関等を広く対象としています。診療所規模の場合でも、電子カルテ・レセコンで医療情報を扱う限り、規模に応じた安全管理措置の実施が求められます。詳細は最新版ガイドラインおよび自院を所管する行政窓口にご確認ください。
- Q2. クラウド化するとコストは下がりますか?
- A. 一概には言えません。初期投資は抑制されやすい一方、月額運用費は長期的に継続します。ハードウェア更新負担・院内SE人件費・BCP対策コスト等を合算した5〜7年の総保有コスト(TCO)で比較することが実務上の推奨です。オンプレとの単純比較ではなく、非機能面(可用性・保守負担)も含めた総合評価が望まれます。
- Q3. 通信が止まったら診療できなくなりますか?
- A. 純粋なクラウド型では、通信断時の運用制約が生じます。多くのベンダーは通信断時の参照専用端末、紙運用への切替手順、通信冗長化オプション等を用意しています。契約前に、想定シナリオごとの継続可能な機能範囲を確認しておくことが実務上の要点です。
- Q4. データはどこに保管されますか?
- A. ベンダーが利用するデータセンターの所在地・複数拠点構成に依存します。国内保管を条件とする場合は、契約書・提案書で明示されているかを事前に確認する必要があります。医療情報の越境保管については3省2ガイドラインで論点が示されており、最新版の記載を直接ご参照ください。
- Q5. 電子カルテ情報共有サービスとクラウドEHRの関係は?
- A. 電子カルテ情報共有サービスは、医療機関間で診療情報を共有する国レベルの仕組みで、電子カルテの提供形態(オンプレ/クラウド)に依らず接続対応が求められる方向で議論が進んでいます。自院の電子カルテがこのサービスへの対応予定を持つか、ベンダーに事前に確認することが望まれます。最新の制度動向は厚生労働省の関連ページをご参照ください。
- Q6. 契約終了時にデータは戻ってきますか?
- A. データ返却の方式・対応期間・費用は契約条件によって異なります。標準化された返却フォーマット、他システムへの移行支援の有無、経過措置期間の設定等が実務上の確認事項です。契約締結前に、解約時条項を事前に精査することが推奨されます。
- 📌 あなたが次にやるべき1つの行動
- 関連サービスの公式サイトで、対応規模・料金プラン・申込方法をご確認ください。所要時間や手続きは各サービスの公式情報を参照してください。
10. 出典・参考資料
- 厚生労働省「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン」 https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/0000516275_00002.html (取得日:2026-08-22)
- 厚生労働省「医療分野の情報化の推進について」 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryou/johoka/index.html (取得日:2026-08-22)
- 厚生労働省「電子カルテ情報共有サービス」関連ページ https://www.mhlw.go.jp/stf/denshi_karute_kyouyu.html (取得日:2026-08-22)
- 経済産業省「医療情報を取り扱う情報システム・サービスの提供事業者における安全管理ガイドライン」 https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/iryojoho/index.html (取得日:2026-08-22)
- 総務省「クラウドサービスの安全・信頼性に係る情報開示指針」 https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/joho_tsusin/d_syohi/ictsec_index.html (取得日:2026-08-22)
- 個人情報保護委員会「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンス(関連告示・通知)」 https://www.ppc.go.jp/ (取得日:2026-08-22)
【免責事項】本記事は厚生労働省・経済産業省・総務省の告示・通知・ガイドライン等の公開情報を整理することを目的としており、特定製品・特定ベンダーの推奨や、契約判断・投資判断の助言を目的としたものではありません。医療情報システムに関する制度・ガイドラインは改訂されるため、個別の適用可否は最新版の原本、行政窓口、ベンダーへあらかじめご確認ください。本記事の情報利用によって生じた損害について、mitoru編集部は責任を負いません。
最終更新日:2026年8月22日|編集方針
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mitoru編集部の見解
医療法人の経営において、会計の透明性は理事会・社員総会・行政指導いずれの局面でも問われます。mitoru編集部は、形式的な帳簿整備でなく、月次の経営会議で実数値を共有する運用設計を推奨します。クラウド会計はあくまで道具で、それを活かす運用が成果を分けます。