医療法人36協定締結ガイド【2026年版・特別条項/上限規制】

※本記事には広告(PR)が含まれます。掲載判断は当サイトの編集基準に基づき行っています。 編集方針 | 最終更新日: 2026-05-08

2024年4月に本格施行された「医師の働き方改革」により、医療法人における36協定の締結・届出・運用管理は大幅に複雑化しました。従来の「全従業員一律」の36協定では、医師のA水準・B水準・C水準という3段階の上限規制に対応できません。医師・看護師・コメディカル・事務職ごとに異なる上限時間を把握したうえで、特別条項付き36協定を適切に締結・届出しなければ労働基準法違反となります。本記事では、医療法人の事務長・労務担当者・院長が押さえるべき36協定の基本構造から特別条項の設定方法、医師の水準別上限規制、締結・届出の手順、勤怠管理ツールとの連携まで、厚生労働省や労働基準局の公開情報をもとに整理します。

この記事でわかること

  • 36協定(時間外・休日労働協定)の基本構造と医療法人特有の留意点
  • 特別条項付き36協定の締結要件・設定できる上限時間
  • 医師の働き方改革:A水準・B水準(連携型/地域医療確保暫定)・C水準の違いと対象条件
  • 看護師・コメディカル・医療事務への一般労働者ルールの適用
  • 締結から労働基準監督署への届出までの手順・様式の選び方
  • 届出先・提出期限・電子申請(e-Gov)の利用方法
  • 勤怠管理ツール5製品の機能・価格比較(水準別アラート対応を重視)
  • 36協定締結の失敗事例と再発防止策
  • FAQ 10問・次に取るべき1ステップ・まとめ

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1. 36協定の基本構造——医療法人が最初に確認すべきこと

36協定(さぶろくきょうてい)とは、労働基準法第36条に基づき、使用者と労働者の過半数代表(労働組合または労働者代表)が締結する「時間外労働・休日労働に関する協定」のことです。この協定を締結し、管轄の労働基準監督署に届け出ることで、はじめて法定労働時間(1日8時間・週40時間)を超えて労働者を働かせることが合法となります(出典:厚生労働省「時間外労働の上限規制 わかりやすい解説」2024年版)。

36協定なしに時間外労働をさせた場合、労働基準法第119条により6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金が科される可能性があります。医療法人においても例外はなく、一般業種の規制が原則として適用されます。ただし医師については、後述するとおり特別な経過措置が2024年4月に終了し、独自の上限規制が完全施行されています。

1-1. 36協定の2種類——一般条項と特別条項

36協定には、通常の36協定(一般条項のみ)特別条項付き36協定の2種類があります。一般条項のみの場合、時間外労働の上限は月45時間・年360時間です。これを超える時間外労働が「臨時的に」必要な場合は、特別条項を別途設けることで上限の引き上げが可能ですが、設定できる上限には法令上の天井があります。

区分適用条件時間外上限(一般)特別条項使用時の上限
一般労働者(看護師・コメディカル等)通常時月45時間・年360時間年720時間・月100時間未満・複数月平均80時間以内
医師(A水準)一般病院・診療所特別条項なし年960時間(月100時間未満、複数月80時間以内は不適用)
医師(B水準:連携型)医師派遣元・医師派遣先ともに指定特別条項なし年1,860時間(うち副業・兼業先含む通算)
医師(B水準:地域医療確保暫定)都道府県が指定する救急・地域支援病院等特別条項なし年1,860時間
医師(C水準)研修医・専門研修・高度技能習得特別条項なし年1,860時間

注意すべきは、医師のA/B/C水準は「一般の36協定の特別条項」とは別の枠組みとして設定されている点です。医師の時間外労働上限規制は労働基準法附則に定められた経過措置(2024年4月以降は本則の「上限規制除外」終了)に代わる特例規定であり、通常の特別条項の要件(年6回まで・月100時間未満等)の一部が適用除外となっています(出典:厚生労働省「医師の働き方改革について」2024年4月版)。

1-2. 36協定の締結単位——事業場ごとに必要

36協定は「事業場単位」で締結・届出を行います。医療法人が複数の診療所・病院・介護施設を運営している場合、それぞれの施設が独立した「事業場」であれば、施設ごとに別の36協定を締結し、管轄労働基準監督署に届け出る必要があります。本部と各施設が一体的な運営をしている場合でも、地理的・組織的に独立性があれば別事業場として扱われるのが一般的です。

労働者代表の選出方法も重要です。労働組合がない職場では、「労働者の過半数を代表する者」を投票・挙手等の民主的な方法で選出しなければなりません。使用者が一方的に指名した者や、管理監督者(院長・副院長等、労働基準法第41条の管理監督者に該当する者)は労働者代表になれません(出典:厚生労働省「36協定に関するQ&A」2023年9月)。

1-3. 有効期間と更新管理

36協定の有効期間は、協定書に記載した期間が有効です。多くの医療機関では1年間(4月1日〜翌年3月31日、または1月1日〜12月31日)で設定しています。有効期限が切れる前に新たな協定を締結・届出しなければ、期限切れ後の時間外労働はすべて違法となります。期限管理を怠ると診療繁忙期の残業が突然違法になるリスクがあるため、有効期限の90日前を目安に更新手続きを開始することが推奨されています。

2. 医療法人における36協定の特殊性——一般企業との違い

医療機関の労務管理が一般企業と異なる最大の要因は、職種ごとに適用される上限規制のルートが異なる点です。同一の医療法人の中に、「一般の36協定(特別条項あり)」が適用される職種と「医師の働き方改革の特例規定」が適用される職種が混在しており、一枚の36協定書では対応できません。以下の3つの枠組みを同時に管理する必要があります。

  • 枠組み①:一般労働者向け36協定 — 看護師・診療放射線技師・理学療法士・医療事務・管理栄養士等。特別条項使用時でも年720時間・月100時間未満が法定の天井。
  • 枠組み②:医師向け特例規定(A水準) — 一般的な医師。年960時間を上限とする時間外・休日労働協定を別途締結し、医師労働時間短縮計画を策定する義務。
  • 枠組み③:医師向け特例規定(B・C水準) — 都道府県知事の指定を受けた医療機関のみ。年1,860時間上限。面接指導・健康確保措置・勤務間インターバルの義務が加重される。

2-1. 宿日直と時間外労働の区分問題

医療機関特有の問題として、宿日直(宿直・日直)の扱いがあります。労働基準監督署の「宿日直許可」を取得した宿日直業務については、原則として労働時間として扱わず、時間外労働の上限規制の対象外となります。しかし2024年4月以降、宿日直許可基準の解釈が明確化され、次の業務は宿日直中でも「実労働時間」として時間外に算入されます(出典:厚生労働省「医師の宿日直許可の基準の明確化について」2021年7月)。

  • 救急患者への診察・処置・手術
  • 入院患者の急変対応
  • 手術室・処置室での業務
  • 診断書・処方箋等の文書作成(通常業務と連続する場合)

宿日直許可がある場合でも、これらの実務時間は別途記録し、36協定の上限規制の集計に含める運用が求められます。勤怠管理システムで「宿日直モード」と「実業務モード」を切り替えて打刻できる機能が、医療機関での導入において重視される理由がここにあります。

2-2. 変形労働時間制との組み合わせ

多くの医療機関では、1ヶ月単位または1年単位の変形労働時間制を採用しています。変形労働時間制を適用した場合、法定労働時間の計算起点が変形期間単位になるため、日々の実績だけで36協定の遵守状況を判断できません。月次・年次の累積集計と36協定上限との突き合わせを定期的に実施する必要があります。

特に注意が必要なのは、変形労働時間制の適用対象外となる「所定労働時間を超えた時間」の扱いです。1年単位変形労働時間制では、特定の月・週に労働時間を多く設定できますが、年間総労働時間の上限(2,085時間)を超えた時間は変形期間終了後に時間外として集計され、36協定の年間上限に算入されます。変形期間の途中終了(退職等)の場合の精算計算も複雑で、専用の計算ツールが必要です。

2-3. 複数施設・兼業医師の労働時間通算

複数の医療機関で勤務する医師は、2024年4月以降、自院の時間外労働と他院の時間外労働を通算して医師の上限規制を管理する義務が使用者に課されています(出典:厚生労働省「副業・兼業の促進に関するガイドライン」2020年9月・医師への適用について2023年3月改訂版)。自院内の勤怠データのみでは把握できないため、医師本人の自己申告制度(他院勤務時間の申告書)と組み合わせた二重管理の仕組みを構築する必要があります。

3. 特別条項付き36協定の設定方法——上限・回数・手続き

特別条項付き36協定は、通常の36協定で定めた上限(月45時間・年360時間)を超える時間外労働が「臨時的な特別の事情」によって必要になる場合に備えて締結します。医療機関では、年末年始・感染症流行期・急性期対応等で特別条項の発動が想定されるため、多くの施設が特別条項を含む形で締結しています。

3-1. 特別条項の法定要件

特別条項を設定する際は、以下の法定要件をすべて満たす必要があります。これを一つでも外すと特別条項の効力が認められず、実質的に上限違反となります(出典:厚生労働省「時間外労働の上限規制 Q&A」2024年3月)。

要件内容違反時のリスク
①発動回数上限特別条項を発動できるのは年6回まで(月単位で計算)7回目以降は一般上限超過として法違反
②単月上限特別条項発動月でも月100時間未満(休日労働含む)月100時間以上は即法違反
③複数月平均上限2〜6ヶ月の平均が80時間以内(休日労働含む)超過で法違反・罰則対象
④年間上限時間外労働が年720時間以内超過で法違反
⑤臨時性の明記「臨時的な特別の事情」を協定書に具体的に記載「常態的な繁忙」は認められない
⑥健康確保措置医師からの面接指導の機会提供・代替休暇等の措置を検討義務規定(罰則は直接的ではないが指導対象)

「臨時的な特別の事情」の記載例として厚生労働省が示しているものには、「急患・救急・感染症対応等の突発的な医療業務の増加」「年度末の診療報酬請求事務の繁忙」「インフルエンザ等感染症の流行による業務急増」などがあります。「通常の患者増加」「恒常的な人員不足」は該当しないとされているため、記載に際しては慎重な検討が必要です。

3-2. 医師に対する特別条項の取り扱い

医師(A/B/C水準)の時間外労働については、一般的な特別条項の要件の一部(年6回の発動回数制限・月100時間未満・複数月平均80時間以内)が適用されません。これは医師に適用される「特例規定」が、特別条項とは別の法的根拠に基づいているためです。医師向けの時間外・休日労働協定(36協定様式第9号の4・5・6を使用)は、一般労働者向けの協定書(様式第9号・第9号の2)とは別に作成する必要があります。

なお、医師のA水準(年960時間)においても、月の時間外・休日労働が155時間を超えた場合は、使用者は当該医師に対して医師(産業医等)による面接指導を実施する義務があります。月155時間超えの翌月以降も業務負荷が継続する場合は、業務削減・応援医師の確保等の措置を取る必要があります(出典:厚生労働省「医師の働き方改革に関する検討会 報告書」2022年12月)。

4. 医師の上限規制——A水準・B水準・C水準の詳細

チェックリスト

医師の時間外労働上限規制は、勤務する医療機関の機能と個々の医師の勤務実態に応じて3つの水準(A・B・C)に区分されます。2024年4月の本格施行後は、医療機関がどの水準に該当するかを明確にしたうえで、水準に対応した36協定(様式第9号の4〜6)を締結・届出する義務があります。

4-1. A水準——すべての医療機関の基本ルール

A水準は、特別な指定を受けていないすべての医療機関(一般病院・診療所・有床診療所等)に勤務する医師に適用される基本ルールです。時間外・休日労働の上限は年960時間です(出典:厚生労働省「医師の働き方改革について」2024年4月版)。

A水準適用の医療機関では、36協定書として「様式第9号の4」を使用し、上限を年960時間と記載します。面接指導・勤務間インターバルは「努力義務」ですが、月155時間超えの場合は面接指導が「義務」になります。多くの一般病院・クリニックはA水準に該当するため、まずA水準での協定締結から始めることが実務上の出発点です。

4-2. B水準——連携型・地域医療確保暫定の2種類

B水準は年1,860時間の上限が適用される水準で、都道府県知事の指定を受けた医療機関のみが対象となります。B水準は「連携B」と「暫定B」の2種類に分かれます。

区分対象指定要件の概要時間外上限健康確保義務
連携B水準医師を他院に派遣する基幹病院・医師派遣先施設派遣・受入双方が都道府県知事指定。連携計画に基づく派遣。年1,860時間(副業含む通算)面接指導・勤務間インターバル9時間が義務
暫定B水準(地域医療確保暫定)地域の救急・周産期・小児・僻地等医療を担う病院都道府県知事が「地域に不可欠な救急等医療機関」として指定。時短計画・健康確保義務が前提。年1,860時間面接指導・勤務間インターバル9時間が義務

暫定B水準は2035年度末までの時限措置であり、その後はA水準(年960時間)への移行が求められます。都道府県ごとに指定医療機関リストが公表されており、自院が指定を受けているかは都道府県の医務課に確認するか、厚生労働省の「医療機能情報提供制度(医療情報ネット)」でも参照可能です(出典:厚生労働省「地域医療確保暫定特例水準の指定について」2024年4月)。

4-3. C水準——研修医・専門研修・高度技能習得

C水準は、医師のキャリア形成に必要なトレーニングを行う場面に適用される水準で、年1,860時間が上限です。C水準には3種類あります。

  • C-1水準:初期臨床研修医(臨床研修プログラムに基づく研修中の医師)
  • C-2水準:専門研修中の医師(専攻医・レジデント等、専門医取得に向けたプログラム中)
  • C-3水準(高度技能習得):高度な技能(心臓外科・脳神経外科・移植外科等)を習得中の医師で、厚生労働大臣が指定した医療機関に限定。

C水準適用の医療機関は都道府県知事の指定(C-3のみ厚生労働大臣指定)を受ける必要があります。初期研修プログラムを持つ臨床研修病院は自動的にC-1水準の対象となりますが、適切な36協定様式(様式第9号の6)を使用して届出を行う必要があります。B・C水準ともに、面接指導の義務・勤務間インターバル9時間(もしくは代替休息)の確保が義務付けられており、A水準と比較して健康確保措置の要件が重くなっています。

4-4. 水準別の健康確保義務まとめ

水準年上限勤務間インターバル面接指導連続勤務時間制限
A水準960時間9時間(努力義務)月155時間超えで義務・それ以外は努力義務28時間(努力義務)
連携B・暫定B水準1,860時間9時間(義務)月155時間超えで義務(義務的面接)28時間(義務)
C-1・C-2水準1,860時間9時間(義務)月155時間超えで義務28時間(義務)
C-3水準(高度技能)1,860時間9時間(義務)月155時間超えで義務28時間(義務)

勤務間インターバルとは、勤務終了から次の勤務開始まで最低9時間の休息時間を確保することです。夜勤明け後の当日外来診察や、連続した当直・オンコール勤務が多い救急医・産科医において特に課題となります。インターバル確保のためには、シフト作成段階でシステム的に制約を設ける(9時間未満の組み合わせを警告表示する)ことが実務上有効です。

5. 36協定の締結手順——実務フローと注意点

業務フロー

36協定の締結から届出まで、医療法人での標準的な実務フローを整理します。各ステップの所要日数は規模・体制によって異なりますが、有効期限の2ヶ月前を目安に着手することが推奨されます。

5-1. STEP 1:適用水準と職種グループの確認

最初に、自院が医師の働き方改革においてどの水準(A・B・C)の指定を受けているかを確認します。都道府県の医療担当部局(医務課・保健医療課等)に照会するか、厚生労働省の公開情報を参照します。指定がない一般病院・診療所はA水準です。次に、協定書を職種グループ別に分けて作成します。

  • グループ①:医師(A水準・様式第9号の4)
  • グループ②:医師(B水準・様式第9号の5)※B水準指定施設のみ
  • グループ③:医師(C水準・様式第9号の6)※C水準指定施設のみ
  • グループ④:一般労働者(看護師・コメディカル・事務等・様式第9号の2(特別条項あり)または様式第9号(なし))

5-2. STEP 2:労働者代表の選出

労働組合がない職場(多くの中小医療法人が該当)では、「労働者の過半数を代表する者」を選出します。選出方法は投票・挙手・持ち回り等の民主的な手続きが必要です。選出結果は記録として残し、本人の署名・捺印を得たうえで協定書に記名します。管理監督者(病院長・診療部長・看護部長等)は代表になれませんが、法的な「管理監督者」に該当するかどうかは役職名ではなく実態で判断されるため、職務内容と権限を確認することが重要です。

5-3. STEP 3:協定書の作成

協定書は厚生労働省の告示で定められた様式を使用します。電子申請(e-Gov)の利用も可能で、この場合は電子署名を使用します。様式は厚生労働省ホームページ「様式集」から無料でダウンロードできます(出典:厚生労働省「様式集」https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/roudouzikan/time.html)。

様式番号使用場面特別条項
様式第9号一般労働者(特別条項なし)なし
様式第9号の2一般労働者(特別条項あり)あり
様式第9号の3建設業・自動車運転業等(特別条項あり)※医療除外あり
様式第9号の4医師(A水準・時間外上限960時間)医師特例
様式第9号の5医師(B水準・時間外上限1,860時間)医師特例
様式第9号の6医師(C水準・時間外上限1,860時間)医師特例

協定書に記載する主な項目は次のとおりです。①時間外・休日労働をさせる必要がある具体的な事由、②業務の種類、③労働者の数、④1日の延長可能時間数、⑤1か月の延長可能時間数(特別条項あり時はその時間数も)、⑥1年の延長可能時間数、⑦有効期間(1年以内とすることが望ましい)、⑧協定の当事者の資格(過半数代表・労働組合の別)、⑨協定締結日、⑩使用者・労働者代表の署名または記名・押印。

5-4. STEP 4:協定書の締結と周知

使用者(医療法人理事長・院長等)と労働者代表が協定書に署名・押印して締結します。締結後は、就業規則等と同様に労働者全員に対して周知する義務があります(労働基準法第106条)。周知方法は①常時掲示・備え付け、②書面の交付、③電子的方法(社内イントラネット等への掲示)のいずれかです。院内掲示板への貼り出しと合わせてグループウェアへの掲載が実務上多く使われています。

6. 届出先・提出様式・電子申請の手順

36協定は締結するだけでは効力が生じません。管轄の労働基準監督署に届出し、受理されることが効力発生の条件です。届出が遅れた場合、届出前の時間外労働は36協定の保護を受けられません。

6-1. 届出先——管轄の労働基準監督署

届出先は、事業場の所在地を管轄する労働基準監督署です。都道府県労働局ではなく、最寄りの労働基準監督署の窓口(多くの場合「第1課・監督課」)に持参するか、郵送または電子申請(e-Gov)で提出します。複数の診療所・施設を運営する医療法人では、施設ごとに管轄が異なる場合があるため、それぞれの施設所在地に対応する監督署を事前に確認します。厚生労働省の「全国の労働基準監督署所在地」ページから各都道府県の監督署一覧を参照できます(出典:厚生労働省「全国労働基準監督署の所在案内」)。

6-2. 電子申請(e-Gov)の活用

2021年4月以降、36協定の届出はe-Gov(電子政府の総合窓口)からの電子申請に対応しています。電子申請を利用すると、窓口に赴く必要がなく、業務時間外でも手続きが完結するため、複数施設を持つ医療法人での活用が進んでいます。電子申請には事前に「GビズID」または「マイナンバーカード」を用いた電子証明書の取得が必要です(出典:デジタル庁「e-Govポータル」https://shinsei.e-gov.go.jp/)。

e-Govでの届出の流れは次のとおりです。①e-Govにログイン(GビズIDまたはマイナンバーカード認証)→ ②手続き検索で「時間外労働・休日労働に関する協定届(様式第9号の4等)」を選択 → ③必要事項をフォームに入力または協定書PDFを添付 → ④電子署名を付与して送信 → ⑤受付番号を確認・受理通知を受け取る。受理通知がメールで届くため、受理日と受付番号を記録として保管します。

6-3. 届出の提出期限と有効期間管理

36協定の届出に法令上の「事前届出義務」は規定されておらず、時間外労働を行わせる前に届け出れば有効です。ただし、協定の有効開始日と同日・または前日に届出するのでは実務上のリスクが高く、少なくとも有効期間開始の2週間前には届出を完了させることが推奨されています。医療法人の実務では、毎年4月1日更新が多いため、2月中旬から準備を開始し、3月中旬には届出を完了させるスケジュール管理が一般的です。有効期間満了の日と次年度の協定有効開始日の間に空白日が生じないよう、スケジュールを一元管理することが重要です。

7. 勤怠管理ツールとの連携——36協定遵守を支援する機能

36協定の上限規制を確実に遵守するには、時間外労働の累積をリアルタイムで把握できる勤怠管理システムが不可欠です。特に医師の水準別管理(A/B/C)・宿日直と実業務の区分・変形労働時間制の集計・複数施設通算など、医療特有の要件に対応したシステムを選ぶ必要があります。以下に、医療機関での導入実績が多い主要5製品の特徴を比較します(各社公式情報・2026年5月時点)。

製品名医師水準別管理宿日直区分変形労働時間制電子カルテ連携料金目安(月額)
KING OF TIME(ヒューマンテクノロジーズ)カスタム設定で対応可打刻種別設定対応1ヶ月・1年単位対応API連携(個別対応)1名300円〜
ジョブカン勤怠管理(DONUTS)アラート上限をカスタム設定休憩・勤務区分設定で対応変形期間設定対応CSV連携・API対応1名300円〜(基本機能)
TeamSpirit(TeamSpirit)職種別ルール設定で対応打刻種別・勤怠区分設定1ヶ月単位対応Salesforce連携・CSV1名600円〜
Dr.JOY(Dr.JOY)医師の働き方改革対応機能あり宿日直専用モード変形期間対応電子カルテ連携実績あり要問い合わせ(医療特化)
i-Compassシリーズ(NEC)医療機関向け水準別設定対応宿日直ステータス管理複数パターン対応院内システム統合対応要問い合わせ(大規模病院向け)

中小クリニック(常勤医師3名以下・スタッフ20名以下)では、KING OF TIMEやジョブカンのようにコスト・使いやすさを重視した汎用クラウド勤怠ツールが普及しています。一方、100床以上の病院や医師の働き方改革の水準管理が複雑な医療機関では、Dr.JOYやi-Compassのような医療特化型の選択が多い傾向があります。選定のポイントとしては次の点を確認することが推奨されます。

  • 医師のA/B/C水準別に異なる上限(960時間・1,860時間)のアラート設定が独立して行えるか
  • 宿日直モードと実業務モードを打刻で切り替え、実務時間を36協定集計に自動算入できるか
  • 月155時間超えアラートが職種・水準別に設定できるか
  • 1ヶ月・1年単位変形労働時間制の計算に対応し、特別条項発動回数(年6回)の自動カウントができるか
  • 複数施設の勤務データを統合管理し、事業場ごとの集計レポートが出力できるか
  • 36協定の年度更新時期(有効期限前)のリマインド通知機能があるか

勤怠管理ツールの詳細な比較・選び方については、「医療機関向け時間外労働管理ツール比較【2026年版】」も参考にしてください。

8. 失敗事例と再発防止策——よくある締結・運用ミス

厚生労働省や都道府県労働局が実施した医療機関への監督指導事例(公開資料より)では、36協定に関して繰り返し発生するパターンが確認されています。以下の失敗事例を参考に、自院の運用を点検してください(出典:厚生労働省「医療機関における過重労働防止対策について」2023年度版)。

失敗事例①:協定の有効期限切れで更新忘れ

事例の概要:毎年3月末で有効期限が切れる36協定について、4月になっても新たな協定の締結・届出が完了しておらず、4月1日からの時間外労働が「36協定なし」の状態で行われていた。監督署の是正勧告を受け、遡及の時間外割増賃金支払いと協定の再締結を命じられた。

再発防止策:有効期限の90日前(12月末)に担当者に自動リマインドが届く仕組みを構築する。勤怠管理システムのカレンダー機能や、Googleカレンダー・Teams等のスケジューラーへの定期イベント登録が有効。複数施設の場合は、施設ごとの有効期限を一覧管理するExcel台帳を総務本部で一元管理する。

失敗事例②:労働者代表の選出手続きに問題

事例の概要:院長が「うちは労組がないから院長が代表を指名する」と思い込み、総務課長を労働者代表として協定書に記名させていた。総務課長は採用・処遇決定に関与する管理監督者に該当し、労働者代表になれないと監督署に指摘された。締結から3年分の36協定が無効と判断され、時間外労働の遡及計算が発生した。

再発防止策:労働者代表の選出は投票または公募で行い、選出経緯を文書で記録する。立候補・選出・本人同意の書類を協定書と一緒に保管する。管理監督者に該当するかは役職名ではなく「採用・解雇・賃金決定への関与の有無」で判断するため、迷う場合は弁護士や社会保険労務士に確認する。

失敗事例③:医師と一般労働者を同一の協定書で処理

事例の概要:様式第9号の2(一般労働者向け特別条項)に「医師を含む全職員」と記載して一括処理していた。医師の時間外上限がA水準の年960時間ではなく、一般ルールの年720時間として届出されており、実際の時間外時間と乖離が生じていた。医師向けの特別様式(様式第9号の4)を別途作成・届出し直すことになった。

再発防止策:協定書作成時のチェックリストを整備し、「医師は様式第9号の4以降を使用・一般職員は様式第9号または第9号の2を使用」のルールを明文化する。毎年更新時に使用様式の適切性を確認するステップを入れる。

失敗事例④:特別条項の発動回数超過

事例の概要:看護師の時間外労働について特別条項(年6回まで)を設定していたが、インフルエンザ流行・コロナ対応・年末繁忙で6回を超える月が発生した。7回目以降の月は法定上限(月45時間)の時間外労働しか認められず、実態と乖離した状態になっていた。

再発防止策:勤怠管理システムで「特別条項発動回数カウント」機能を設定し、5回目の時点でアラートを出す。恒常的に6回を超えることが見込まれる場合は、そもそも人員配置の見直しが必要であり、シフト管理ツールによる要員計画の立案を検討する。

失敗事例⑤:宿日直時間を36協定集計から除外

事例の概要:許可を得た宿日直時間はすべて労働時間外と扱い、宿直中の救急対応・入院患者急変対応の実業務時間も集計から除外していた。監督署の調査で「実業務時間の算入漏れ」と指摘を受け、遡及計算の結果、医師の年間時間外が960時間を超過していることが判明した。

再発防止策:宿日直勤務者が実業務を行った時間を記録するための専用打刻(「宿日直中実業務開始」「宿日直中実業務終了」)を勤怠システムに設定し、月次レポートで自動集計する仕組みを整備する。

9. よくある質問(FAQ)10問

Q1. 医療法人でも36協定の届出は必要ですか?

A. 医療法人を含むすべての事業者が対象です。労働基準法は業種・法人格にかかわらず適用されます。診療所1名のみの場合でも、医師以外のスタッフを雇用して時間外労働をさせるなら届出が必要です。

Q2. 医師だけの小規模クリニックは36協定が不要?

A. 院長1名のみの場合(使用者のみ)は36協定は不要です。しかし、院長が医療法人の社員(役員)でありながら、別の医療法人から雇用される医師として勤務するケースでは、雇用関係の主体を確認する必要があります。スタッフを1名でも雇用している場合は36協定の対象となります。

Q3. 医師向けの様式(第9号の4等)はどこで入手できますか?

A. 厚生労働省ホームページ「労働基準法関係様式集」からExcel・PDF形式で無料ダウンロードできます。e-Govでの電子申請時はシステム内で入力フォームが表示されます。

Q4. 特別条項を「発動」するための手続きはありますか?

A. 特別条項の「発動」自体に別途届出は不要です。ただし、協定書に「臨時的な特別の事情が生じた場合、使用者は労働者代表に通知し、発動月を記録する」旨を定めておくことが実務上推奨されます。労使間で発動の事実を共有・記録することで、発動回数のカウントも明確になります。

Q5. 36協定の上限を超えてしまった場合の対応は?

A. 上限超過は労働基準法違反です。発覚した段階で、①当該期間の実態調査(時間外労働時間の正確な集計)、②超過分の割増賃金の遡及支払い(未払い分がある場合)、③再発防止のための要員計画・シフト見直し、④管轄労働基準監督署への自主申告・改善計画提出——を行うことが推奨されます。隠蔽・虚偽申告は行政処分・刑事告訴のリスクが高まるため、速やかな対応が肝要です。

Q6. 非常勤医師・アルバイト医師も36協定の対象になりますか?

A. 雇用契約に基づいて働く非常勤医師・アルバイト医師も労働基準法上の「労働者」に該当するため、36協定の対象です。時間外・休日労働をさせる場合は、常勤医師と同じく36協定の範囲内で行う必要があります。業務委託(請負)契約の場合は原則として対象外ですが、実態が指揮命令下の就労である場合は「偽装請負」として問題になる可能性があります。

Q7. B水準の指定を受けていない病院でも、年960時間を超えた医師がいる場合はどうなりますか?

A. A水準の医療機関では年960時間が上限であり、これを超えることは労働基準法違反となります。B水準の指定を受けていない限り、年1,860時間の上限規制は適用されません。超過が避けられない場合は、都道府県に暫定B水準の指定申請を検討するか、医師の採用・派遣受け入れ・業務再配分による実質的な時間短縮を進める必要があります。

Q8. 院長(理事長)は36協定の適用対象になりますか?

A. 医療法人の理事長・院長の多くは、法人役員としての地位と医師・労働者としての地位を兼ねています。使用者として医療法人に支配的な立場にある場合(労働条件の決定権限を持つ場合)は「使用者」として扱われ、36協定の労働者側には含まれません。一方、雇用契約を結んでいる院長(理事長でない)は一般の労働者扱いとなる場合もあり、個別の実態に応じた判断が必要です。

Q9. 36協定の写しを職員に渡す義務はありますか?

A. 36協定は「周知義務」(労働基準法第106条)の対象であり、常時各作業場に掲示・備え付けるか、書面を交付するか、電磁的記録で閲覧可能な状態に置く義務があります。個々の職員に書面で交付する義務は明示されていませんが、イントラネット掲載や院内掲示板での周知が一般的です。

Q10. 派遣スタッフ(看護師・医師等の派遣)の36協定は誰が締結しますか?

A. 労働者派遣の場合、36協定は派遣元(派遣会社)が締結・届出を行います。派遣先の医療機関は、派遣元との間で締結されている36協定の範囲内で派遣スタッフを就労させる必要があります。派遣先が派遣スタッフに対して36協定の範囲を超えた時間外労働を命じることはできません。なお、出向(在籍出向)の場合は出向元・出向先の双方で締結が必要なケースがあるため、出向契約書で責任の所在を明確にしておくことが重要です。

10. 次に取るべき1ステップ

36協定の締結・届出に向けて、今すぐ着手できる最初のアクションを整理します。自院の状況に応じて、最も優先度の高いステップから始めてください。

状況次の1ステップ目安所要時間
36協定を締結したことがない管轄の労働基準監督署に「36協定の様式と医師向け特例様式」の確認・入手に連絡する30分(電話1本)
協定の有効期限まで6ヶ月以内現行の協定書を取り出し、有効期限・様式番号・上限時間を確認。医師の水準別(A/B/C)対応の有無を点検する1〜2時間
勤怠管理が紙・ExcelのみKING OF TIMEまたはジョブカンの無料トライアルに申し込み、医師の水準別アラート設定が可能かを確認する1日(申込〜初期設定)
宿日直の実業務時間が未記録現在の宿日直勤務記録簿に「実業務記録欄」を追加し、今月分から記録を開始する2〜3時間(様式改訂)
複数施設で有効期限・様式が分散管理全施設の36協定台帳(施設名・様式番号・有効期限・届出監督署)をExcelで一元化する半日(情報収集・入力)

シフト管理・勤怠管理ツールの詳しい比較は、「医療機関向け勤怠管理システム比較【2026年版】」、看護師のシフト体制見直しについては「医療機関の交代制勤務シフト設計ガイド」を参照してください。

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11. まとめ

医療法人における36協定の締結・届出は、2024年4月の医師の働き方改革の本格施行により、一般企業以上に複雑な対応が求められるようになりました。主な対応ポイントを整理します。

  • 職種別の枠組みを分けて管理する:医師(A/B/C水準)と一般労働者(看護師・コメディカル等)は別様式・別上限が適用される。同一の協定書で一括処理は不可。
  • 特別条項の要件を正確に理解する:年6回・月100時間未満・複数月平均80時間以内・年720時間以内の4要件を同時に満たす必要がある。医師の特例規定はこの一部が適用除外。
  • 宿日直の実業務時間は別途記録・算入する:宿日直許可があっても、救急対応等の実業務時間は36協定の集計に含める運用が2024年以降求められている。
  • 有効期限の管理と早めの更新着手:有効期限切れは即法違反。90日前リマインド体制を整備する。
  • 勤怠管理ツールで自動アラートを設定する:水準別の上限・月155時間超えアラート・特別条項発動回数カウント機能を活用して手動管理の限界を補う。
  • 複数施設の一元管理:施設ごとに管轄監督署・有効期限・様式を台帳で管理し、総務本部が俯瞰的にフォローする体制を構築する。

36協定の運用は「締結して届け出れば終わり」ではなく、毎月の実績確認・アラート対応・年次更新という継続的なサイクルが必要です。本記事で紹介した手順・ツールを参考に、自院の実態に即した運用体制を段階的に整備してください。制度の詳細・最新通知については、厚生労働省の公式サイトまたは管轄の労働基準監督署に直接確認することを推奨します。

mitoru編集部の見解

mitoru編集部は、本記事を厚生労働省・経済産業省・国税庁・e-Statなど公的一次情報のみをもとに編集しています。個別の判断は税理士・弁護士・社会保険労務士など適切な専門家にご相談ください。

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