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医療機関が人を対象とする研究を実施する際、研究倫理審査委員会(倫理審査委員会・IRB)の設置と適正な運営は、研究対象者の人権と安全を守るための組織的な基盤です。研究倫理審査委員会は、研究計画書がヘルシンキ宣言の精神や「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」に沿っているかを審査し、インフォームド・コンセントの手続、個人情報の取扱い、利益相反(COI)の管理状況などを多角的に確認する役割を担います。一方で、委員構成の要件、迅速審査と本審査の使い分け、認定臨床研究審査委員会(CRB)との違いなど、実務担当者が押さえておくべき論点は多岐にわたります。本記事は厚生労働省・文部科学省・個人情報保護委員会等の公開情報を整理した内容として、研究倫理審査委員会の運営体制を検討・見直しする際の実務的な視点をまとめます。個別の審査可否・指針適用の判断は、所属機関の倫理審査委員会事務局、厚生労働省・所管地方厚生局、法務専門家にご確認ください。
この記事の対象読者:病院・診療所・大学病院等で研究支援部門を担当する事務長・研究支援センター職員、倫理審査委員会事務局の担当者、研究責任者として倫理審査を申請する立場の医師・研究者など。
この記事でわかること
- ヘルシンキ宣言と国内の研究倫理指針の関係
- 「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」が定める審査対象の範囲
- 倫理審査委員会(IRB)の設置基準と組織上の位置づけ
- 委員構成のルール——多職種構成・外部委員比率・男女比の考え方
- 迅速審査と本審査(通常審査)の使い分けの基準
- インフォームド・コンセントの取得手続きと研究対象者の個人情報保護
- 研究計画書レビューのプロセスとCOI(利益相反)管理の実務
- 認定臨床研究審査委員会(CRB)との違いとeIRBシステム導入の動向
1. なぜ研究倫理審査委員会の適正な運営が医療機関に求められるのか——ヘルシンキ宣言と国内指針の位置づけ
ヘルシンキ宣言は、世界医師会(WMA)が1964年に採択した人を対象とする医学研究の倫理原則で、研究対象者の福利を科学的・社会的利益に優先させることを基本理念としています。日本医師会はヘルシンキ宣言の日本語訳を公表しており、国内の研究倫理に関する各種指針の考え方の土台として位置づけられています(出典:日本医師会「ヘルシンキ宣言」)。国内では、この理念を踏まえて「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」が文部科学省・厚生労働省・経済産業省の告示として定められており、既存試料・情報を用いる観察研究から侵襲・介入を伴う研究まで、人を対象とする研究全般を対象とする枠組みとして運用されています(出典:厚生労働省「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」)。
医療機関が研究倫理審査委員会の運営を適正に行うことは、研究対象者の人権・安全を守るという本来の目的に加えて、研究成果の対外的な信頼性、論文投稿時の倫理審査承認の証明、多機関共同研究における一括審査への対応など、研究活動そのものの実施可否に直結する実務上の要件でもあります。委員会の審査体制が指針の要件を満たしていない場合、研究計画そのものが実施できない、あるいは学会・学術誌への論文投稿が受理されないといった影響が生じ得るため、事務局体制の整備は研究支援部門の重要な業務のひとつに位置づけられます。
2. 「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」が定める審査対象と枠組み
生命・医学系指針は、令和3年3月に文部科学省・厚生労働省・経済産業省の告示として定められ、従来別々に運用されていた「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」と「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針」を統合する形で整備された指針です。対象となる研究には、既存の診療情報・試料を用いる後ろ向き観察研究、前向きの観察研究、侵襲・介入を伴う臨床研究、多機関が共同で実施する研究などが含まれ、研究の種類に応じて求められる手続(インフォームド・コンセントの類型、審査の要否)が異なります(出典:厚生労働省「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」)。
指針は、研究責任者・研究機関の長・倫理審査委員会それぞれの責務を規定しており、研究責任者は研究計画書を作成し、所属機関の長の許可を受けたうえで研究を実施することとされています。その前提として、研究計画書が倫理審査委員会での審査を経ることが求められます。多機関共同研究においては、代表機関の倫理審査委員会が参加機関分をまとめて審査する「一括審査」の運用が広がっており、各医療機関が個別に審査委員会を設置・運営しなくても、一括審査を活用した研究実施体制を構築できる場合があります。指針の詳細な運用については、文部科学省・厚生労働省・経済産業省が公表するガイダンスを参照することが実務上の基本です(出典:文部科学省・厚生労働省・経済産業省「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針ガイダンス」)。
| 審査組織 | 主な根拠 | 審査対象 |
|---|---|---|
| 研究倫理審査委員会 | 生命・医学系指針 | 観察研究・介入研究等 |
| IRB(治験審査委員会) | 薬機法・GCP省令 | 治験(承認申請目的の臨床試験) |
| 認定臨床研究審査委員会(CRB) | 臨床研究法 | 特定臨床研究等 |
3. 倫理審査委員会(IRB)の設置基準と委員構成——多職種・外部委員比率・男女比
生命・医学系指針は、倫理審査委員会の設置者(研究機関の長)に対して、委員構成に関する要件を定めています。具体的には、医学・医療の専門家等、自然科学以外の有識者(人文・社会科学の観点を有する者)、研究対象者の観点を含めて一般の立場から意見を述べることのできる者、当該研究機関に所属しない者(外部委員)を、それぞれ最低1名以上含めること、男女両性で構成すること、5名以上で構成することなどが求められます(出典:厚生労働省「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」)。委員長は研究機関の長が指名し、審査対象となる研究の関係者は、当該案件の審議・議決に加わらない運用とすることが、審査の独立性を保つ観点から重要とされています。
IRB(治験審査委員会)についても、医薬品医療機器等法(薬機法)に基づくGCP省令が委員構成を規定しており、医学・歯学・薬学等の専門的知識を有する者、専門的知識以外の立場から意見を述べることのできる者、実施医療機関と利害関係を有しない者を含む5名以上の構成が求められます(出典:厚生労働省「治験のあり方に関する通知」関連資料)。小規模な医療機関では、指針が求める多様な属性を満たす委員を自院単独で確保することが難しい場合があり、他機関の倫理審査委員会に審査を委託する、複数機関で共同の委員会を設置するといった運用が選択肢になります。委員には研究倫理に関する教育研修の受講が求められており、初回就任時だけでなく、定期的な更新研修を運営計画に組み込んでおくことが実務的です。

4. 迅速審査と本審査(通常審査)の使い分けの基準
倫理審査委員会の審査手続には、委員会を招集して合議で審議する「本審査(通常審査)」と、委員長が指名する委員による審査で足りる「迅速審査」の2種類があります。生命・医学系指針は、迅速審査の対象となり得る研究として、研究対象者への侵襲を伴わない研究、軽微な侵襲にとどまる研究、既に本審査を経た研究計画の軽微な変更などを挙げていますが、最終的にどの範囲を迅速審査の対象とするかは、各倫理審査委員会が内規で定める運用に委ねられています(出典:厚生労働省「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」)。
迅速審査を活用することで、研究計画の審査に要する期間を短縮し、研究の着手までのリードタイムを圧縮できる一方、迅速審査の対象範囲を過度に広げると、審査の実効性が損なわれるおそれがあります。事務局としては、申請された研究計画を受理する段階で、侵襲性・介入の有無・個人情報の取扱いのリスクなどを一次的にスクリーニングし、迅速審査と本審査のいずれで扱うかを判断するチェックリストを整備しておくことが、審査の質と効率の両立に資する運用とされています。審査結果(承認・条件付き承認・却下・保留等)は研究責任者に文書で通知し、審査の経過を議事概要として記録・保管することが求められます。
| 区分 | 審査主体 | 対象となりやすい研究 |
|---|---|---|
| 迅速審査 | 委員長が指名する委員 | 侵襲を伴わない研究、軽微な侵襲にとどまる研究、軽微な変更申請 |
| 本審査(通常審査) | 委員会の合議 | 侵襲・介入を伴う研究、多機関共同研究、迅速審査の範囲外の申請 |
5. インフォームド・コンセントの取得手続きと研究対象者の個人情報保護
インフォームド・コンセントの手続は、研究の侵襲性・介入性、既存試料・情報の利用形態に応じて複数の類型に分かれます。侵襲を伴う研究では文書による同意取得が原則とされ、侵襲を伴わない研究では文書同意に加えて、口頭同意と記録の作成、研究に関する情報を公開したうえで拒否の機会を保障する「オプトアウト」などの類型が認められています。研究対象者本人の同意取得が困難な場合は、代諾者からの同意取得の手続が定められています(出典:厚生労働省「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」)。説明文書には、研究の目的・方法、予測される利益・不利益、参加拒否や途中撤回が可能であること、個人情報の取扱い方針などを、対象者が理解できる言葉で記載することが求められます。
研究対象者の個人情報については、個人情報保護法および医療・介護関係事業者向けのガイダンスとの整合を図りながら、匿名化・仮名化の水準、要配慮個人情報としての取扱い、対応表の管理方法を整理する必要があります(出典:個人情報保護委員会「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンス」)。研究計画書には、取得するデータの項目、保管期間、廃棄方法、外部への提供・共同利用の有無を明記し、倫理審査委員会がこれらの記載内容を審査時に確認する体制を整えることが、情報漏えいリスクを抑える基盤となります。

6. 研究計画書レビューのプロセスとCOI(利益相反)管理の実務
研究計画書レビューでは、研究の科学的合理性(研究デザインの妥当性、症例数設定の根拠)、倫理的妥当性(インフォームド・コンセントの手続、個人情報の取扱い)、実施体制(研究責任者・分担者の役割、実施医療機関の体制)を多角的に確認します。審査委員会事務局は、申請書類のフォーマット・添付書類(説明文書・同意書案、研究計画書、研究者の利益相反自己申告書等)を事前にチェックし、記載不備がある申請を差し戻す一次スクリーニングの機能を担うことが、審査会議の効率化につながります。
COI(利益相反)管理は、研究者が製薬企業・医療機器企業等から研究資金・機器提供・株式・報酬等の経済的利益を受けている場合に、それが研究の実施・結果の解釈に不当な影響を与えていないかを確認する仕組みです。研究者は利益相反自己申告書を提出し、倫理審査委員会または別途設置されるCOI委員会が申告内容を審議します。審査対象研究に経済的利益関係を有する委員は、当該案件の審議・議決に加わらないルールを内規で明確化しておくことが基本です(出典:文部科学省「研究活動における利益相反」)。特定臨床研究に該当する研究では、臨床研究法上のCOI管理体制の整備が別途義務付けられているため、研究の該当性を事前に整理しておくことが実務上重要です。
7. 研究不正防止の体制整備
研究不正(捏造・改ざん・盗用等の特定不正行為)の防止は、研究倫理審査委員会の審査対象そのものではないものの、審査を通じた研究計画の透明化、データ管理計画の明確化が、不正の発生を抑止する効果を持つとされています。文部科学省は「研究活動における不正行為への対応等に関するガイドライン」を示しており、研究機関に対して、研究倫理教育の実施、研究データの保存・開示に関するルールの整備、不正行為の疑いが生じた場合の調査体制(予備調査・本調査)の整備を求めています(出典:文部科学省「研究活動における不正行為への対応等に関するガイドライン」)。
医療機関の研究支援部門としては、研究倫理審査の申請時点で、データの保存期間・保存場所・アクセス権限を研究計画書に明記させる、研究終了後の生データ保存を一定期間求めるといった運用を組み込むことが、事後的な検証可能性を確保するうえで有効です。また、研究倫理教育を全ての研究者・審査委員に対して定期的に実施し、受講記録を管理しておくことも、指針が求める体制整備の一部として位置づけられます。

8. 認定臨床研究審査委員会(CRB)との違い
認定臨床研究審査委員会(CRB)は、臨床研究法(平成29年法律第16号)に基づいて厚生労働大臣の認定を受けた委員会で、未承認・適応外の医薬品・医療機器等を用いる臨床研究や、製薬企業等から研究資金の提供を受ける臨床研究(特定臨床研究)の実施計画を審査します(出典:e-Gov法令検索「臨床研究法」/厚生労働省「臨床研究法について」)。生命・医学系指針に基づく研究倫理審査委員会が審査するのは、特定臨床研究に該当しない一般的な観察研究・介入研究であり、根拠法令・審査対象・委員認定の有無という点で、認定CRBとは明確に区別されます。
認定CRBの委員構成は、研究倫理審査委員会よりも要件が厳格で、法律・生命倫理の専門家、臨床薬理・生物統計・情報学等の専門家、一般の立場を代表する委員などを含む合議体構成が定められています。医療機関が実施しようとする研究が特定臨床研究に該当するかどうかの判定は、研究計画の初期段階で行う必要があり、該当する場合は自院に認定CRBがなければ、他機関の認定CRBに審査を依頼する手続を取ることになります。研究支援部門としては、研究責任者からの相談を受けた際に、まず特定臨床研究への該当性を整理し、研究倫理審査委員会と認定CRBのどちらで審査すべきかを案内する役割を担うことが実務上重要です。
9. eIRBシステムの導入とオンライン化のメリット
倫理審査委員会の運営を電子化するeIRB(電子IRB)システムは、研究計画書の申請受付、審査委員への資料配布、審議結果の通知、議事概要の保管といった一連の事務局業務をオンライン上で一元管理する仕組みです。紙媒体での申請・回覧を前提とした運営では、書類の紛失リスク、審査進捗の把握のしづらさ、多機関共同研究における一括審査の書類のやり取りの煩雑さといった課題が生じやすく、これらの課題に対応する手段としてeIRBシステムの導入を検討する医療機関が増えています。
eIRBシステムを導入する際は、既存の事務局運営フロー(受付、事前チェック、審査区分の判定、委員への配布、審議、通知、記録保管)を洗い出したうえで、システムがどの工程をカバーするかを整理することが移行を円滑にする前提になります。個人情報や研究計画の機密情報を扱うシステムであるため、アクセス権限の設定、ログの保管、委託先事業者との契約における守秘義務・個人情報の取扱いに関する条項の確認も、導入検討時にあわせて行う必要があります。システム導入は事務局業務の効率化の手段であり、審査の実質的な質(委員構成の適正さ、審議の充実度)を代替するものではない点に留意が必要です。
10. よくある質問(FAQ)
- Q1. 研究倫理審査委員会の設置は法律上の義務ですか?
- 生命・医学系指針は、指針が対象とする研究を実施する研究機関に対して倫理審査委員会での審査を求めていますが、全ての医療機関が自院に委員会を設置する義務があるわけではありません。委員会を設置しない場合は、他機関の倫理審査委員会に審査を依頼する運用が可能です。指針の適用範囲・該当性の判断は、厚生労働省・文部科学省が公表する資料や所属学会にご確認ください。
- Q2. 外部委員は具体的に何人必要ですか?
- 生命・医学系指針は「当該研究機関に所属しない者」を委員に含めることを求めていますが、具体的な人数は各機関の内規で定める運用が一般的です。委員会全体の構成要件(多職種、男女両性、一般の立場の委員等)を満たすことが前提となるため、指針の該当箇所を確認しながら内規を整備することが望まれます。
- Q3. 迅速審査で承認された研究は本審査を受けなくてよいですか?
- 迅速審査の対象範囲は各倫理審査委員会の内規で定められており、範囲内であれば本審査を経ずに審査を完了できます。ただし、審査の過程で侵襲性や個人情報の取扱いに疑義が生じた場合は、本審査に付す運用とすることが一般的です。
- Q4. COI(利益相反)の自己申告はどのタイミングで行いますか?
- 一般的には研究計画書の申請時に利益相反自己申告書を提出し、研究期間中に利益相反状況に変化があった場合は、その都度追加申告を行う運用が採られています。詳細な様式・タイミングは所属機関の内規によって異なります。
- Q5. 認定臨床研究審査委員会(CRB)と研究倫理審査委員会のどちらで審査すべきか分からない場合は?
- 研究が特定臨床研究に該当するかどうかで審査先が分かれるため、まず研究計画が未承認・適応外の医薬品医療機器等を用いるか、製薬企業等から資金提供を受けるかを整理する必要があります。判断が難しい場合は、厚生労働省が公表する資料や、所属機関の研究支援部門、必要に応じて認定CRBの事務局に確認することが実務的です。
- 免責事項
- 本記事は厚生労働省・文部科学省・経済産業省・個人情報保護委員会等が公表する研究倫理指針・臨床研究法等の公開情報を整理することを目的としており、個別の審査可否、指針・法令の適用可否、研究計画の適法性を保証するものではありません。指針・法令の内容は改正・改定により見直されるため、実務適用時は最新の公式情報をご確認いただくとともに、個別判断は所属機関の倫理審査委員会事務局、厚生労働省・所管地方厚生局、法務専門家にご相談ください。記載内容は2026-09-12時点の情報に基づきます。
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mitoru編集部の見解
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