「クラウドにするか、オンプレにするか」——電子カルテの更新・新規導入を控えた院長が最初に直面する問いです。初期費用・月額・保守費・移行コストを10年単位で試算すると、選択の違いが数百万円規模のTCO差に直結します。本記事では、規模別・診療科別の判断軸と10年TCO試算を公的機関の公開情報のみをもとに整理し、あなたのクリニックに合う選択肢を判断フロー形式で導き出します。
この記事でわかること
- クラウド型・オンプレ型の構造的違いと歴史的進化(定義から整理)
- 1医師クリニック・3〜5医師・10医師以上の規模別判断軸
- 一般内科・眼科・整形外科・精神科の診療科別の向き不向き
- 10年TCO試算(初期・月額・保守・移行コストを網羅)
- 新規開業・更新・分院展開のタイプ別判断フロー
- クラウドが向いていない場合・オンプレが向いていない場合の双方向の弱点
- 導入前10項目チェックリストとFAQ 8問

1. はじめに——判断フローの全体感とペルソナ明示
この記事は主に2つのペルソナを対象に書いています。ひとつは電子カルテの更新タイミングを迎えた開業医・院長で、現在オンプレ型を使っているが次回更新時にクラウドへ切り替えるかどうか迷っているケースです。もうひとつは既存オンプレから積極的にクラウドへの乗り換えを検討している医療法人の事務長・IT担当者で、複数拠点の管理コスト削減や「電子カルテ情報共有サービス」への対応を視野に入れているケースです。
判断フローの全体構造は次のとおりです。まず「規模」「診療科」「TCO」の3つの軸で自院の状況を把握し、タイプ別判断フロー(新規開業・更新・分院展開)で選択肢を絞り込み、最後に双方向の弱点と10項目チェックリストで最終確認を行います。
厚生労働省「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン 第6.0版」(2023年5月)は、クラウドサービスを利用する医療機関に対して、通信障害時の業務継続手順の策定・リスク評価・責任分界点の明確化を求めています。また、厚労省が推進する「電子カルテ情報共有サービス」や「電子処方箋」への対応は、2025年度以降の新規導入・更新時に事実上の選定基準となりつつあります。これらの動向を踏まえたうえで、どちらが「自院にとって最善か」を公開情報のみをもとに整理します。
なお、本記事では個別ベンダーの優劣評価は行いません。製品選定の最終判断は、自院の要件をベンダーに開示したうえで複数社から見積もりを取得し、担当のSEまたはIT支援機関に相談のうえ行ってください。
2. クラウドとオンプレの全体像(定義・歴史・進化)
電子カルテの提供形態は大きく分けて「クラウド型(SaaS型)」と「オンプレミス型(院内サーバー型)」の2種類です。近年はこの二項対立を超えたハイブリッド型も登場していますが、本記事では判断の軸を明確にするため、まず純粋な2類型の特徴を整理します。
クラウド型(SaaS型)の定義と進化
クラウド型は、ベンダーが管理するデータセンター上のサーバーに医療データを置き、医療機関はインターネット経由でブラウザまたは専用クライアントからアクセスするモデルです。2010年代前半に国内でも登場し始め、当初は「セキュリティへの不安」から中小クリニックへの普及は限定的でした。しかし、厚労省ガイドライン6.0版でクラウド利用の安全管理要件が整理され、ベンダー側の第三者認証(ISMS・SOC2等)が普及したことで、2020年代以降は急速に導入事例が増加しています。
現在のクラウド型は、電子処方箋・電子カルテ情報共有サービスとのAPI連携を標準実装するケースが増えており、厚労省が主導する医療DXの主要な受け皿となっています。オフラインキャッシュ機能(通信断時でも一定時間の診療継続を可能にする機能)を実装する製品も増加しており、「通信障害に弱い」というかつての弱点は部分的に改善されています。
オンプレミス型の定義と現在の立ち位置
オンプレミス型は、医療機関の院内に物理サーバーを設置し、院内LANでカルテシステムを稼働させるモデルです。1990年代〜2000年代の電子カルテ黎明期に主流となり、現在も大病院・医療法人・専門的な画像連携が必要な診療科を中心に根強い採用事例があります。院内LANが生きていれば通信障害の影響を受けないため、回線への依存度が低い点が最大の強みです。
一方、近年のオンプレ型には課題もあります。ハードウェア老朽化のリスク、保守部品の調達難(特に5年超の機器)、オンサイト保守の訪問費用の上昇、そして電子処方箋・電子カルテ情報共有サービスへの対応コストが加算される点です。経産省「医療情報を取り扱う情報システム・サービスの提供事業者における安全管理ガイドライン」(2023年)でも、オンプレ環境のセキュリティ対策(パッチ管理・ログ管理・アクセス制御)について医療機関側の責任が明記されており、IT管理リソースの少ない小規模クリニックには負担が増す方向です。
| 比較軸 | クラウド型(SaaS) | オンプレミス型 |
|---|---|---|
| 初期費用 | 低〜中(サーバー設置不要) | 高(サーバー・設置・構築費) |
| 月額コスト | 継続発生(ライセンス料) | 低〜中(保守契約のみ) |
| 通信障害への耐性 | 弱(回線依存) | 強(院内LAN独立) |
| バージョンアップ | 自動・無償が多い | 有償・訪問対応が多い |
| リモートアクセス | 容易 | VPN設定が必要 |
| 医療DX対応 | 対応製品が多い | 追加対応コストが発生しやすい |
| IT管理の内製必要性 | 低(ベンダー側に委託可) | 高(院内に知識が必要) |
| ベンダーロックイン | 中(データポータビリティは要確認) | 高(移行コストが大きい) |
3. 規模別の判断軸(1医師/3〜5医師/10医師以上)
電子カルテの選択において「規模」は最初の分岐点です。医師1名の個人クリニック、複数医師が在籍する中規模クリニック・診療所、そして10名以上の医師が勤務する大規模クリニック・医療法人では、求められる機能・コスト構造・IT管理体制が大きく異なります。
| 規模 | 主な特徴 | クラウド向き度 | オンプレ向き度 | 判断のポイント |
|---|---|---|---|---|
| 1医師(個人クリニック) | IT担当者なし・コスト感度高・単純なワークフロー | ★★★★☆ | ★★☆☆☆ | 初期費用の軽さ・運用の簡便さを優先。ただし回線冗長化は必須 |
| 3〜5医師(中規模クリニック) | 複数端末・予約管理・会計連携が必要 | ★★★☆☆ | ★★★☆☆ | 同時接続数・応答速度・科目別要件が判断の分岐点 |
| 10医師以上(医療法人・大規模) | 多拠点・大量データ・専任IT担当が必要 | ★★★☆☆ | ★★★★☆ | 拠点間連携・データガバナンス・SLA保証水準が鍵 |
1医師クリニックの判断軸
1名医師のクリニックで最も重要な判断軸は「初期費用」と「運用の手間」です。オンプレ型の場合、サーバー購入・設置・OS・ライセンス・保守で初期200万〜400万円程度が一般的とされます。これに対し、クラウド型は初期費用を大幅に圧縮できます(端末・ネットワーク工事のみ)。IT担当者を置けない個人クリニックでは、バージョンアップ・バックアップ・障害対応をベンダーに委託できるクラウド型の運用コストが相対的に低くなります。
ただし、1医師クリニックがクラウドを選ぶ場合にあらかじめ実施すべきなのが「回線冗長化」です。光回線1本だけでクラウドカルテを運用すると、ISP障害で診療が全停止するリスクがあります。IPA「中小企業の情報セキュリティ対策ガイドライン」でも、業務システムをクラウドに移行する際は通信経路の冗長化を検討するよう示しています。LTEルーターによるバックアップ回線の月額コストは概ね1,000〜3,000円程度であり、費用対効果は高い対策です。
3〜5医師の判断軸
複数医師が在籍するクリニックでは、同時接続数・応答速度・カルテ参照のスムーズさが日常診療に直結します。クラウド型の場合、ベンダーが提示する「推奨回線速度」と自院の実測値が乖離していないかを事前に確認することが重要です。一般的に、3〜5名が同時にカルテを操作する場合、下り30Mbps以上の安定した帯域が求められます。また、この規模になると電子カルテと医事会計システム・レセコン・予約システムのデータ連携が複雑になるため、クラウド製品のAPI連携仕様を事前にベンダーに確認する必要があります。
10医師以上・医療法人の判断軸
10名以上の医師が勤務する医療法人・大規模クリニックでは、拠点間のデータ連携・権限管理・監査ログの保存要件が厳しくなります。オンプレ型は院内の物理サーバーに全データを保持できるため、データガバナンスの観点では管理しやすい面があります。一方、分院展開を進める医療法人では、拠点ごとにオンプレサーバーを設置するコストが積み上がるため、クラウド型の方が総コストを抑えられるケースもあります。厚労省「電子カルテ情報共有サービス」への対応は、将来的に医療法人にも求められる方向性であり、対応製品の選定は今から視野に入れておく必要があります。
4. 診療科別の判断軸(一般内科/眼科/整形外科/精神科)
診療科によって電子カルテに求められる機能は大きく異なります。特に「画像連携(DICOM)」「専門的な検査機器との接続」「長期保管データ量」の観点で、クラウド型とオンプレ型の優劣が入れ替わる科目があります。

| 診療科 | 主な特殊要件 | クラウド向き度 | オンプレ向き度 | 判断のポイント |
|---|---|---|---|---|
| 一般内科 | シンプルなワークフロー・処方・検査オーダー | ★★★★☆ | ★★★☆☆ | 機能要件が標準的なためクラウドが適しやすい |
| 眼科 | 眼底・OCT・視野検査のDICOM画像連携 | ★★☆☆☆ | ★★★★★ | 大容量DICOM画像の転送速度と院内保管を優先 |
| 整形外科 | レントゲン・MRI・リハビリ記録連携 | ★★★☆☆ | ★★★★☆ | 画像量が多い場合はオンプレ有利・少量ならクラウドも可 |
| 精神科 | 長文記録・守秘義務・マルチスタッフ対応 | ★★★★☆ | ★★★☆☆ | 画像不要でテキスト中心なのでクラウドが機能的に合いやすい |
一般内科の判断軸
一般内科は電子カルテの標準的なユースケースに最も近い診療科です。処方・検査オーダー・病名管理・レセプト出力というシンプルなワークフローが中心で、DICOM画像の大量保存は通常必要ありません。クラウド型の機能で十分カバーできるケースが多く、IT導入補助金2026の対象製品の中からクラウド型を選択することで初期費用を大幅に抑えられる可能性があります。中小企業庁「IT導入補助金」は医療機関も対象に含まれており(対象類型はITベンダーの登録状況による)、事前にベンダーが補助金対象として登録されているかを確認することが重要です。
眼科の判断軸
眼科は電子カルテ選択において最もオンプレミス型が向いている診療科のひとつです。眼底カメラ・OCT・視野計などから生成されるDICOM画像は1患者あたり数十〜数百MBに及ぶことがあり、これをクラウドにリアルタイム転送すると通信帯域を大量に消費します。診察中の待ち時間が発生するなど、実際の診療フローに支障が出るリスクがあります。院内に画像サーバー(PACS)を置いてローカルで処理し、カルテ本体はクラウド型を使うハイブリッド構成も存在しますが、設定の複雑さと連携コストが増す点を考慮する必要があります。
整形外科の判断軸
整形外科はレントゲン・MRI・リハビリテーション記録の管理が必要な診療科です。レントゲン1枚あたりのデータ量は眼科DICOM画像と比較して小〜中程度ですが、撮影枚数が多い施設では積み上がります。リハビリ記録はテキストデータ中心であり、クラウドとの相性は比較的良好です。自院の月次画像データ量を実測し、クラウドの転送・保管コストが許容範囲内かどうかを試算することが、整形外科での選択判断の核心です。
精神科の判断軸
精神科は画像検査のニーズが少なく、カルテの大部分がテキスト記録(面談内容・処方歴・経過観察)です。一方で、守秘義務の厳格さ(精神科特例)と複数スタッフが記録にアクセスする状況への対応が重要です。クラウド型の場合、アクセス制御・閲覧ログの管理機能をベンダーが標準実装しているかどうかを確認することが選定の要点です。長期通院患者の記録が年単位で蓄積される特性上、データポータビリティ(移行時の記録引き出し手順)を事前にベンダーに確認しておく必要があります。
5. 10年TCO試算(初期/月額/保守/移行コスト)

以下の試算は、公開されているベンダー資料・中小企業庁IT導入補助金資料・業界一般情報をもとに編集部が試算した参考値です。個別クリニックの実際のコストは規模・地域・契約内容・IT環境により大きく異なります。あらかじめ複数ベンダーから見積もりを取得し、個別に検証してください。
試算の前提条件
- 対象:1医師・個人クリニック(内科系)、端末3台構成
- 期間:10年(2026〜2035年度)
- IT導入補助金:クラウド型の場合、補助上限額内で補助率1/2を適用(参考値)
- 移行コスト:7年目に設定(オンプレ更新 or クラウド切り替えタイミング想定)
| コスト項目 | クラウド型(10年合計・参考値) | オンプレ型(10年合計・参考値) |
|---|---|---|
| 初期費用(サーバー・設置・構築) | 20万〜60万円 | 200万〜400万円 |
| 月額ライセンス料(10年) | 360万〜720万円(3,000〜6,000円/月×120カ月) | 60万〜120万円(保守のみ・月5,000〜10,000円) |
| ハードウェア保守・交換 | 不要(ベンダー負担) | 60万〜100万円(5〜7年目のサーバー交換含む) |
| バージョンアップ費用 | 0円(自動更新) | 30万〜80万円(メジャー更新ごとに有償) |
| 移行・乗り換えコスト(7年目) | 10万〜30万円(データ移行・研修) | 50万〜150万円(次世代機器・OS更新) |
| 回線冗長化(LTEバックアップ) | 12万〜36万円(1,000〜3,000円/月×120カ月) | 不要(院内LANで運用) |
| IT導入補助金(マイナス) | ▲20万〜50万円(補助上限による) | ▲50万〜100万円(ハード含む補助) |
| 10年TCO目安(合計) | 380万〜760万円 | 350万〜650万円 |
試算から読み取れる重要な示唆は、「クラウドは初期が安いが長期では逆転しやすい」という点です。特に月額コストが継続するクラウド型は、10年でみると月額の積み上がりがオンプレの初期費用差を埋める可能性があります。一方、ハードウェア保守・バージョンアップの有償費用を加算すると、オンプレも10年では相応のコストになります。TCOで単純比較する場合、月額3,000円未満のクラウドプランと初期200万円のオンプレは10年でほぼ同水準になるケースがあるという点を念頭に置いてください。
さらに重要な「見えないコスト」として、院長・スタッフの時間コストがあります。オンプレ型の障害対応・バージョンアップ対応・保守立ち会いには院長・事務長の時間が取られます。クラウド型ではこれをベンダーに委託できるため、診療・経営に集中できるという間接的な効果も試算に含めることが望ましいです。
6. あなたに合う選択肢は?(新規開業/更新/分院展開のタイプ別判断フロー)
ここでは、「現在の状況」からスタートする判断フローを3タイプ(新規開業・現行システム更新・分院展開)に分けて整理します。
タイプA:新規開業(初めての電子カルテ導入)
新規開業の場合、過去のデータ移行コストがゼロであるため、最も自由に選択できるタイミングです。以下のフローで判断してください。
- DICOM画像が大量に発生する診療科(眼科・放射線科等)→ オンプレまたはハイブリッドを優先検討
- 内科・精神科・皮膚科等の画像が少ない科目 → クラウド型を優先検討
- 初期資金が限定的(自己資金1,000万円未満) → クラウド型で初期投資を抑制
- IT担当者を置く予定がない → クラウド型(運用負荷軽減)
- 電子処方箋・電子カルテ情報共有サービスへの対応を重視 → 対応済クラウド製品を優先
- 回線環境が不安定な地域(山間部・島嶼部等) → オンプレを優先
タイプB:現行システムの更新(オンプレ→クラウド乗り換えを含む)
現行システムの更新タイミングは最大の判断機会です。ただし、過去データの移行コストと既存スタッフのシステム習熟度が追加の判断要素になります。
- 現在のオンプレのサポート終了・ハード老朽化 → 乗り換えの実質的な強制タイミング。クラウドを比較対象に加える
- 過去データが大量かつ構造が特殊(専用フォーマット等) → 移行コスト・期間を事前ベンダーに確認
- スタッフの操作慣れを最優先 → 現行と操作感が近い製品を選択(クラウド・オンプレ問わず)
- 医療DXへの対応を次の5年で進めたい → 対応ロードマップが明確なクラウド製品が有利
- 月額コスト増加を許容できない → オンプレ継続で保守費用を交渉
タイプC:分院展開・多拠点管理
分院展開を進める医療法人では、拠点間でのデータ参照・人事管理・経営管理の統合が課題となります。
- 2〜3拠点 → クラウド型が拠点間データ共有を容易にする(VPN構築不要)
- 5拠点以上 → クラウド型のマルチテナント対応・管理コンソールの充実度を比較
- 各拠点が独立して診療圏を持つ → 拠点ごとに最適な形態を選べるクラウドが柔軟
- 本院がオンプレで安定稼働中 → 分院はクラウドで立ち上げ、段階的に統合する選択肢もある
7. クラウドが向いていない場合 / オンプレが向いていない場合(双方向の弱点)
中立な比較のために、クラウド型とオンプレ型それぞれが「向いていないケース」を明示します。どちらも万能ではなく、自院の条件によっては不向きな選択となります。
クラウド型が向いていない場合
- 通信インフラが脆弱な立地:山間部・島嶼部・商業ビル高層階等で安定した高速回線を引けない場合、クラウド型の運用そのものが成立しない。LTEバックアップも基地局圏外なら機能しない
- DICOM画像量が多い診療科:眼科・放射線科・循環器科等、1日あたりのDICOMデータ量が数GB超になるケースでは、クラウドへの転送遅延が診察フローを阻害する
- 長期の月額コストが経営上の制約:開業後の収入が安定するまでの期間、月額固定費の継続が資金繰りを圧迫するリスクがある。特に月額5万円超のプランは慎重に判断が必要
- 閉鎖的なデータポリシーが必要なケース:医療法人のコンプライアンス方針・理事会決定でデータの院外保管が禁止されている場合、クラウド型は選択できない
- 既存の院内ネットワーク機器との相性問題:古いルーター・FWが特定のクラウドサービスと相性問題を起こすケースがあり、設備刷新コストが追加で発生することがある
オンプレ型が向いていない場合
- IT管理リソースがゼロの個人クリニック:オンプレ型はOSパッチ・バックアップ・ハード保守を自院または保守契約業者が管理する。担当者が不在の場合、障害発生時の対応が極めて遅くなる
- 初期投資の資金が限定的:サーバー・設置・構築で200万円以上の先行投資が必要なオンプレは、開業資金が少ないクリニックには財務的な負担が大きい
- 医療DXへの迅速な対応が必要:電子処方箋・電子カルテ情報共有サービスへの対応は、オンプレ型では別途カスタム開発・接続費用が発生するケースがあり、クラウド型と比較して対応スピードが遅くなりがち
- 分院展開を予定している:拠点ごとにオンプレサーバーを設置するとコストと管理工数が倍増する。拠点間のデータリアルタイム共有もVPN設計が必要になり複雑
- ハードウェア老朽化リスクを許容できない:5〜7年でサーバー交換が必要になるオンプレは、タイミング次第で多額の予期しない支出が発生する。保険契約で補填できる範囲も限定的
- リモートワーク・在宅業務ニーズがある:在宅でのカルテ参照・医師の外出先からのアクセスが必要な場合、VPN設定の手間と接続不安定のリスクが発生する
上記の弱点を照合し、自院の状況で「除外できる選択肢」を先に特定することが、判断フローを効率化するコツです。片方が明確に不向きであれば、もう一方を深く比較検討する時間を節約できます。
8. 判断前チェックリスト(10項目)
最終判断の前に以下の10項目を確認してください。すべてを把握したうえでベンダー選定・見積もり取得に進むことで、後から「知らなかった」による追加コスト・運用トラブルを防げます。
- 院内の通信環境を実測したか?(下り・上り速度、安定性、回線冗長化の有無)
- 自院の月次DICOM画像データ量を把握しているか?(GB/月単位で概算)
- IT導入補助金の申請期限・対象類型を確認したか?(ベンダーが補助金事業者として登録済みかを含む)
- ベンダーのSLA(稼働率保証・復旧目標時間RTO)を確認したか?(99.9%以上が目安)
- データポータビリティ(移行時のデータ引き出し手順・コスト)を確認したか?
- 現行システムのデータ移行可否・コスト・期間を見積もりで確認したか?
- 電子処方箋・電子カルテ情報共有サービスへの対応状況をベンダーに確認したか?
- スタッフへのシステム教育・移行期間中の診療継続計画を作成したか?
- 保守契約の内容(訪問費用・リモート対応の有無・対応時間)を確認したか?
- 5年後・10年後の拠点展開・診療科追加の可能性を考慮したか?(将来の拡張性)
- 複数ベンダーから見積もりを取得したか?(最低3社が目安)
- 通信障害時・システム停止時の紙運用・代替手順を整備したか?
これら12項目のうち、未確認の項目があればベンダーへの問い合わせ・社内確認を先行して進めてください。チェックリストが埋まった段階で、タイプ別判断フロー(セクション6)と双方向の弱点整理(セクション7)を照合すると、選択肢の絞り込みが大幅に容易になります。
9. よくある質問(FAQ)
- Q1. クラウド型は本当にセキュリティが心配では?
- A. 厚労省「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン 第6.0版」では、クラウドサービス提供者に対して第三者認証(ISMS等)の取得・責任分界点の明示・データ保管場所の開示を求めています。これらを満たしているベンダーを選択し、ガイドラインに沿った利用規則・アクセス制御を医療機関側で整備すれば、オンプレと同等またはそれ以上のセキュリティ水準を実現することは可能です。重要なのは「クラウドかオンプレか」ではなく、「ガイドライン要件を満たした運用ができているか」です。
- Q2. 現行オンプレからクラウドに乗り換える際のデータ移行はどうなる?
- A. 移行の難易度は「現行システムのデータフォーマット」「移行先の対応状況」「データ量」によって大きく異なります。標準的なHL7・ORCAフォーマットのデータは比較的移行しやすいですが、ベンダー独自フォーマットで保存されている場合は変換作業が必要で、コストと期間が増します。あらかじめ移行前にベンダーから「移行可能なデータの範囲・移行後の検証手順・万一のデータ損失時のリカバリ方針」を文書で取得してください。
- Q3. IT導入補助金はクラウド・オンプレどちらで多く受給できる?
- A. 中小企業庁「IT導入補助金」の補助額はシステムの機能分類・申請類型・補助率によって決まります。一般的にクラウド型SaaSは「デジタル化基盤導入類型」の対象として申請しやすい製品が多い傾向がありますが、オンプレ型も対象外ではありません。最新の申請年度の対象条件・補助率は中小企業庁の公式サイトおよびベンダーの補助金対応窓口で最新情報を確認してください(情報取得日:2026-05-15)。
- Q4. 「電子カルテ情報共有サービス」に対応していないと将来困る?
- A. 厚労省が推進する「電子カルテ情報共有サービス」は、医療機関間での患者情報の共有を可能にするインフラです。2025年度以降、段階的に普及が進む見込みですが、現時点で未対応のシステムを使っていることで直ちに診療に支障が出るわけではありません。ただし、次回の更新タイミングで対応製品に切り替えないと、将来的に地域医療連携や紹介患者受け入れで不利になるリスクがあります。現在使用中のベンダーの対応ロードマップを確認しておくことが推奨されます。
- Q5. ネット回線が落ちたときクラウドカルテはどうなる?
- A. 製品によって対応が異なります。「オフラインモード」を実装している製品では、通信断時でも直近のデータがローカルにキャッシュされており、一定時間の診療継続が可能なケースがあります。ただしオフラインモードの仕様(キャッシュ期間・同期可能な機能の範囲)はベンダーごとに異なるため、導入前にあらかじめ詳細を確認してください。回線冗長化(光回線+LTEルーターによるバックアップ)の整備と、通信断時の紙運用手順の策定は、クラウドを選ぶ場合の必須対策です。詳細は関連記事「クラウドカルテのネットワーク障害対策」をご参照ください。
- Q6. オンプレのサーバーはどれくらいで買い替えが必要?
- A. 一般的にサーバーハードウェアの保守部品の供給期間は5〜7年が目安とされており、この期間を超えると部品交換が困難になります。ベンダーとの保守契約の「延長保守の可否・費用」を5年目前に確認し、7年目以降の更新計画を予算化しておくことが重要です。予期しない故障での緊急更新は費用が割高になりやすいため、計画的な更新サイクルの設計が必要です。
- Q7. 電子処方箋への対応はクラウドとオンプレでどちらが早い?
- A. 電子処方箋は厚労省が推進する医療DX施策のひとつで、2023年から一部医療機関での運用が開始されています。一般的にクラウド型のベンダーはAPIを通じたアップデートが容易なため、電子処方箋・電子カルテ情報共有サービス等の新機能対応がオンプレ型より早い傾向があります。ただし、個別ベンダーの対応状況は異なるため、選定時に「電子処方箋対応済みか・いつ対応予定か」を具体的に確認することが必要です。
- Q8. クラウドとオンプレを同時に使うハイブリッド構成はあり得る?
- A. あり得ます。特に眼科・放射線科では、DICOM画像はオンプレのPACS(医療用画像管理システム)に保存し、カルテ本体はクラウド型を利用するハイブリッド構成が導入されるケースがあります。ただし、両システム間の連携設定・責任分界点の明確化・障害時の切り分けが複雑になります。ハイブリッド構成を検討する場合は、両システムのベンダーが連携実績を持つかどうかを事前に確認し、構成図を書面で取得することを推奨します。
10. 次の1ステップ・関連記事・出典
本記事での判断フローが整理できたら、次の1ステップとして「候補ベンダー3社への問い合わせ・見積もり取得」を実施してください。チェックリスト12項目を事前に埋めた状態でベンダーに問い合わせると、比較に必要な情報を効率よく集められます。ベンダー比較の詳細は以下の関連記事を参照してください。
関連記事
出典・参考資料
- 厚生労働省「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン 第6.0版」(2023年5月)
https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/0000516275_00006.html(情報取得日:2026-05-15) - 厚生労働省「電子カルテ情報共有サービスについて」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryou/johoka/(情報取得日:2026-05-15) - 厚生労働省「電子処方箋の概要」
https://www.mhlw.go.jp/stf/denshishohosen_01_00001.html(情報取得日:2026-05-15) - 経済産業省・総務省「医療情報を取り扱う情報システム・サービスの提供事業者における安全管理ガイドライン」(2023年)
https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/teikyoujigyousha_hissi.html(情報取得日:2026-05-15) - IPA 独立行政法人情報処理推進機構「中小企業の情報セキュリティ対策ガイドライン 第3.1版」
https://www.ipa.go.jp/security/guide/sme/ipa-sme-security-guide.html(情報取得日:2026-05-15) - 中小企業庁「IT導入補助金2026 公式サイト」
https://it-shien.smrj.go.jp/(情報取得日:2026-05-15)
免責事項
本記事は2026年5月時点の公開情報をもとに編集部が作成した情報提供を目的とするものです。記載のコスト試算はあくまで参考値であり、実際の費用はベンダー・規模・契約内容・地域条件等により大きく異なります。個別のシステム選定・契約・設定変更については、あらかじめ各ベンダーの担当者およびIT支援機関に相談のうえ実施してください。本記事の情報をもとに生じた損害について、当サイトは一切の責任を負いません。最新の補助金・法令情報はあらかじめ各省庁の公式サイトでご確認ください。
mitoru編集部の見解
電子カルテは導入後10〜15年使い続けるシステムです。mitoru編集部は、ベンダーの財務安定性・サポート体制・診療報酬改定への追従速度を、機能比較と同等以上に重視することを推奨します。一度導入すると移行コストが大きいため、契約前のデモ環境利用と他院ヒアリングが現実的な評価軸となります。