医療法人の事業承継・M&Aを検討する際、最大の論点になるのが「持分」の扱いです。2007年の第五次医療法改正以降、新規に設立される医療法人はすべて「持分なし」となり、それ以前に設立された「持分あり医療法人(経過措置型医療法人)」は段階的に持分なしへの移行が促されています。一方で実態としては、現在も全国の医療法人の大半を持分あり医療法人が占めており、理事長交代・親族外承継・M&Aの場面で持分譲渡の評価額・税務リスク・手続きが大きな経営課題となっています。本記事では2026年5月時点の公開情報をもとに、持分あり/なしの違い、認定医療法人制度を活用した移行措置、持分譲渡の手続き、評価方式、相続税・贈与税の論点、医療法上の理事長要件を整理します。なお本記事は税務・法務助言ではなく公開情報の整理であり、個別案件は税理士・弁護士・専門家への相談が前提です。
この記事で分かること
- 持分あり医療法人と持分なし医療法人の制度上の違い
- 認定医療法人制度(持分なしへの移行措置)の概要と要件
- 持分譲渡の標準的な手続きフローと必要書類
- 譲渡価格の算定方式(純資産方式・類似業種比準方式・DCF方式)の考え方
- 譲渡時に論点となる相続税・贈与税・所得税の枠組み
- 医療法上の理事長要件と承継手続きの留意点
- 自院が持分譲渡に向いているかを判断する10項目チェックリスト
1. 医療法人の持分あり/なしの違い
医療法人は医療法第39条以下に基づき設立される非営利法人で、出資者である「社員」と業務執行を担う「理事」「監事」によって構成されます。2007年4月施行の第五次医療法改正までは、出資額に応じて法人の純資産に対する「持分」(払戻請求権・残余財産分配請求権)を有する「持分あり医療法人」が一般的でした。改正以降に新設される医療法人は持分を有さない「持分なし医療法人(基金拠出型/社会医療法人/特定医療法人 等)」のみとなり、既存の持分あり医療法人は「経過措置型医療法人」として存続が認められています(厚生労働省 医療法人制度の概要)。
持分あり医療法人では、出資者が退社する際に持分の払戻しを請求できるほか、解散時には残余財産が出資者に分配されます。一方の持分なし医療法人では、退社時の払戻し請求権がなく、解散時の残余財産は国・地方公共団体・他の医療法人・公的医療機関に帰属します。この違いが事業承継・相続・M&Aの場面で重要な意味を持ちます。
| 項目 | 持分あり医療法人 | 持分なし医療法人 |
|---|---|---|
| 設立可否(新規) | 不可(2007年4月以降) | 可 |
| 出資持分の払戻請求権 | あり | なし |
| 残余財産の帰属 | 出資者へ分配 | 国・地方公共団体・公的医療機関等 |
| 相続税の課税対象 | 持分が課税対象 | 課税対象なし(持分が存在しない) |
| 譲渡可能性 | 持分譲渡が可能 | 持分が存在せず譲渡不可(社員交代で対応) |
| 類型 | 経過措置型医療法人 | 基金拠出型・社会医療法人・特定医療法人 等 |
厚生労働省が公表する「医療施設動態調査」によれば、医療法人数は2024年時点で約5万8,000法人を超え、その大半が経過措置型医療法人(持分あり)であるとされます。新規設立は持分なしに限定されているため、長期的には持分なしへの収れんが進む見込みですが、当面は持分の評価・承継・移行が経営上の重要論点であり続けます。
2. 持分なし医療法人への移行措置(認定医療法人制度)
持分あり医療法人を持分なし医療法人へ移行する場合、出資者は持分の払戻請求権を放棄することになります。この放棄により、放棄した出資者から残存出資者・法人への「贈与」とみなされて贈与税が課されるケースがあり、長らく移行のハードルとなっていました。これを緩和するために整備されたのが「認定医療法人制度(持分なし医療法人への移行計画の認定制度)」です(厚生労働省 認定医療法人制度ページ)。
制度の要点は、厚生労働大臣の認定を受けた移行計画に基づいて持分の放棄を行った場合、一定の要件を満たすことで贈与税が課されないという特例が適用される点にあります。制度は2014年に創設され、複数回の延長を経て現在も運用されています。最新の認定期限・要件は厚生労働省の告示・通知で随時更新されるため、検討時にはあらかじめ最新情報を確認する必要があります(参考:厚生労働省 医政局 認定医療法人制度の概要)。
認定医療法人の主な要件(公開情報の整理)
- 移行計画を作成し厚生労働大臣の認定を受けること
- 認定日から3年以内に移行を完了すること
- 移行後6年間にわたり、運営に関する一定の要件(社員総会の議決権が平等であること・役員報酬の不当な高額禁止・親族役員の人数制限 等)を継続して充足すること
- 医療計画への記載事項に協力する等、地域医療への貢献を行うこと
移行後の要件を6年間継続できない場合は、認定が取り消され、放棄時点に遡って贈与税が課されるリスクがあります。このため、認定取得の判断は短期的な節税メリットだけでなく、6年間にわたる運営制約を許容できるかを慎重に評価する必要があります。要件の詳細・最新運用は国税庁の「相続税・贈与税に関するQ&A」や厚生労働省の通知で確認することが推奨されます(参考:国税庁 公式サイト)。
3. 持分譲渡の手続きフロー
持分あり医療法人の持分譲渡(事業承継・M&A)は、株式会社の株式譲渡と類似する部分もありますが、医療法人特有の手続きが多く存在します。一般的なフローは以下の通りです。
| ステップ | 主な作業 |
|---|---|
| 1. 初期検討 | 承継目的の整理・候補者選定(親族/勤務医/第三者)・概算評価 |
| 2. デューデリジェンス | 財務DD・法務DD・医事DD(保険診療上のリスク確認) |
| 3. 評価額の算定 | 純資産方式・類似業種比準・DCF等で持分評価 |
| 4. 譲渡契約締結 | 持分譲渡契約書の作成・調印 |
| 5. 社員総会決議 | 新社員の入社・旧社員の退社・理事の変更を決議 |
| 6. 役員変更登記 | 法務局で理事長・理事の変更登記を実施 |
| 7. 行政手続き | 都道府県への役員変更届・定款変更認可(必要に応じて) |
| 8. 保健所・厚生局対応 | 開設者変更届・保険医療機関の指定変更 |
| 9. クロージング | 譲渡対価決済・引継ぎ・職員説明 |
留意点として、医療法人の持分は「社員」とは別概念です。社員総会の議決権は出資額に関わらず一人一票であり、持分の譲渡だけでは経営権の承継が完結しません。新たな経営者は社員として入社し、理事長に選任される必要があります。また、保険医療機関の指定は開設者単位で行われるため、開設者変更があれば指定の再申請が必要となるケースがあります(参考:厚生労働省 保険医療機関等の指定)。
4. 譲渡価格の算定方式
持分譲渡の価格算定には複数の方式が併用されます。代表的なのは純資産方式・類似業種比準方式・DCF方式の3つで、相続税・贈与税の評価では国税庁の財産評価基本通達に基づく方式が用いられます。M&A取引では当事者間の合意価格が優先されますが、税務上の評価額と乖離する場合は贈与税・所得税課税のリスクが生じるため、両面から検討する必要があります(参考:国税庁 財産評価基本通達)。
純資産方式(時価純資産方式)
貸借対照表上の純資産を基準に持分価値を算定する方式です。土地・建物等の含み損益を時価評価し直すケース(時価純資産方式)と、簿価をそのまま用いるケース(簿価純資産方式)があります。医療法人の場合、医療機器・建物の含み損益が大きい場合に評価額が変動するため、不動産鑑定・固定資産税評価額・帳簿価額の精査が重要です。
類似業種比準方式
国税庁が公表する類似業種の株価・配当・利益・純資産を比較対象とし、対象法人の財務指標との比準で評価する方式です。財産評価基本通達では、取引相場のない株式の評価で用いられる方式の一つとして規定されています。医療法人持分の相続税評価では、原則として純資産方式と類似業種比準方式の併用が想定されるケースが多いとされます。最新の類似業種株価は国税庁の「類似業種比準価額計算上の業種目及び業種目別株価等」で四半期ごとに公表されます。
DCF方式(割引キャッシュフロー方式)
将来生み出すキャッシュフローを現在価値に割り引いて評価する方式で、M&A実務で広く用いられます。事業計画の確度・割引率の設定・継続価値の算定で評価額が大きく変動するため、第三者によるバリュエーションが推奨されます。医療法人の場合は診療報酬改定・人件費高騰・地域人口推計の影響を織り込んだ事業計画が前提となります。中小企業庁が公表する「中小M&Aガイドライン」でも、譲渡価格算定の透明性と第三者評価の重要性が示されています(中小企業庁 中小M&Aガイドライン)。
5. 譲渡時の相続税・贈与税の論点
持分譲渡・承継時に論点となる税目は、譲渡形態によって異なります。本セクションは個別の税務助言ではなく、税目の枠組みと公開されている公的情報を整理するものです。
| 承継形態 | 主な税目 | 論点 |
|---|---|---|
| 有償譲渡(M&A) | 譲渡所得税・住民税 | 譲渡対価と取得費の差額が課税対象 |
| 無償譲渡(贈与) | 贈与税(受贈者課税) | 持分評価額に対する贈与税 |
| 相続による承継 | 相続税 | 持分評価額が相続財産に算入 |
| 持分放棄(移行) | 贈与税(残存出資者・法人) | 認定医療法人制度で特例適用可 |
| 低額譲渡 | 贈与税・みなし贈与 | 時価との差額が贈与とみなされる可能性 |
相続税では、後継者が事業を継続することを条件に納税猶予を受けられる「事業承継税制」が一般事業会社向けに整備されていますが、医療法人の持分については同制度の適用対象とはならず、独自の認定医療法人制度や個別の納税猶予制度の検討が必要となります。詳細は国税庁タックスアンサー・厚生労働省告示で随時確認し、税理士に個別相談する前提で進めることが推奨されます(参考:国税庁 タックスアンサー、厚生労働省 医政局通知)。
また、医療法人の出資持分は流動性が低く、評価額が高額になりやすい特徴があります。承継対策を行わずに相続が発生した場合、相続税の納税資金を確保できず、後継者が持分を法人に払戻請求した結果、法人の財務基盤が毀損するケースも報告されています。早期の評価試算と複数シナリオ(譲渡/移行/持分維持+暦年贈与 等)の比較検討が、承継リスクの低減につながります。
6. 医療法上の理事長要件と承継
医療法第46条の6では、医療法人の理事長は原則として医師または歯科医師である理事のうちから選出すると規定されています。例外として、都道府県知事の認可を受けた場合に医師・歯科医師以外の者を理事長とすることが認められていますが、認可基準は厳格で、運営の継続性・地域医療への影響等を踏まえた審査が行われます。親族外承継・M&Aでは、新理事長候補が医師資格を有するかが重要な制約条件となります(厚生労働省 医療法人運営管理指導要綱)。
また、理事の人数・構成・任期、監事の選任、社員総会の運営、定款変更の認可など、医療法人の機関設計には独自のルールが多数存在します。承継検討時には、定款・登記簿謄本・社員名簿・理事会議事録を整備し、医療法上の手続き要件を満たした形で承継スキームを設計することが不可欠です。
7. 自己診断チェックリスト(10項目)
自院が持分譲渡・承継検討のどの段階にあるかを確認するセルフチェックです。多角的な視点から論点を洗い出すための目安としてご活用ください。
- 自院が「持分あり医療法人」「持分なし医療法人」のどちらかを定款で確認したか
- 現在の出資者と出資割合を社員名簿で把握しているか
- 直近期の純資産・含み損益(不動産・医療機器)を時価で試算したか
- 後継者候補(親族・勤務医・第三者)が明確に決まっているか
- 後継者候補が医師・歯科医師資格を有しているか(理事長要件)
- 持分の評価額を純資産方式で概算したか
- 認定医療法人制度の要件(6年間の運営制約)を許容できるか検討したか
- 事業承継税制・納税猶予制度の適用可否を税理士に確認したか
- 保険医療機関の指定変更・開設者変更届の所要期間を把握しているか
- 承継後の職員・取引先・患者への説明計画を策定しているか
6項目以上に「いいえ」が含まれる場合は、承継準備が初期段階にあると判断できます。まずは現状把握(持分タイプ・出資者・評価額の概算)から着手し、税理士・弁護士・M&A仲介・医療法人専門コンサルへの相談を検討する段階といえます。
8. 持分譲渡が向いていない医療法人のパターン
持分譲渡・M&Aは万能の解決策ではありません。以下に該当する場合は、移行措置・他の承継スキーム・廃業の比較検討が現実的な選択肢となるケースがあります。
- 債務超過または継続的赤字の法人:純資産方式での評価額がマイナスとなり、譲渡対価が成立しにくい
- 後継者候補が存在しない単一医師の医療法人:理事長要件を満たす医師の確保が困難
- 地域人口減少が著しい立地:将来キャッシュフロー予測が下振れし、譲受候補が現れにくい
- 特殊診療科で代替性が低い法人:継承医師の確保困難
- 不動産・医療機器が老朽化している法人:追加投資負担が大きく譲受側が消極的になる
- 過去の保険診療上のリスクが残存する法人:DDで問題が露見し交渉決裂のリスク
該当する場合でも、認定医療法人制度を活用した持分なしへの移行+運営継続、または第三者の医療法人への事業譲渡(持分譲渡ではなく事業ベースでの承継)等、複数の選択肢があります。早期に専門家と複数シナリオを比較することが、選択肢を狭めない承継準備につながります。
9. よくある質問(FAQ)
- Q1. 持分あり医療法人を持分なしに移行すると損するのですか?
- 出資者は持分の払戻請求権を失いますが、相続税・贈与税の課税リスクから解放され、後継者の納税負担が軽減されるメリットがあります。認定医療法人制度を活用すれば、放棄時の贈与税が課されない特例適用が可能です。短期的な経済的損失と長期的な承継リスク軽減のバランスで判断します。
- Q2. 第三者に持分を譲渡する場合、譲渡価格はどう決まりますか?
- M&A取引では当事者間の合意価格が優先されますが、純資産方式・類似業種比準方式・DCF方式等で算定した評価額をベースに交渉するのが一般的です。税務上の評価額と乖離した低額譲渡では、みなし贈与として贈与税課税のリスクがあるため、第三者によるバリュエーションが推奨されます。
- Q3. 親族外承継でも認定医療法人制度は使えますか?
- 認定医療法人制度は、持分なしへの移行を行う医療法人を対象とした制度であり、後継者が親族か第三者かは要件に含まれません。ただし、移行後6年間の運営要件(親族役員の人数制限・役員報酬の上限 等)を継続して充足する必要があります。詳細は厚生労働省の通知で確認してください。
- Q4. 持分譲渡の手続きにどのくらい期間がかかりますか?
- 案件の規模・複雑さによりますが、初期検討からクロージングまで6〜12か月程度を見込むケースが多いとされます。デューデリジェンス・評価・契約交渉に3〜6か月、行政手続き(役員変更登記・開設者変更届・保険医療機関の指定変更)に2〜4か月程度が目安です。承継後の引継ぎを含めると1年超のスケジュールで計画するのが現実的です。
- Q5. 持分の評価額を自分で概算する方法はありますか?
- 純資産方式であれば、直近期の貸借対照表の「純資産の部」合計に、土地・建物の含み損益を加減算する形で概算できます。ただし、相続税評価額の正確な算定には類似業種比準方式との併用、財産評価基本通達上の調整、特定の評価会社該当性の判定等が必要であり、税理士による試算が推奨されます。
- Q6. 持分譲渡とMS法人(メディカルサービス法人)の活用は併用できますか?
- MS法人は医療法人とは別法人として、不動産賃貸・備品リース・経営支援等を担うスキームで、医療法人の承継対策と組み合わせて検討されるケースがあります。ただし、過度な利益移転は税務当局から否認されるリスクがあるため、適正な取引価格・契約根拠の整備が不可欠です。個別案件は税理士に相談する前提で検討してください。
10. 出典・参考資料
- 厚生労働省「医療法人制度の概要」 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryou/igyou/index.html
- 厚生労働省「認定医療法人制度について」 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000165478.html
- 厚生労働省「医療施設動態調査」 https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/79-1.html
- 厚生労働省「医療法人運営管理指導要綱」 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryou/igyou/index.html
- 厚生労働省「保険医療機関等の指定について」 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryouhoken/iryouhoken01/index.html
- 国税庁「財産評価基本通達」 https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kihon/sisan/hyoka_new/01.htm
- 国税庁「タックスアンサー(相続税・贈与税)」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/sozoku.htm
- 国税庁「類似業種比準価額計算上の業種目及び業種目別株価等」 https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kobetsu/hyoka/index.htm
- 中小企業庁「中小M&Aガイドライン」 https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/2020/200331shoukei.html
- e-Gov法令検索「医療法」 https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=323AC0000000205
※本記事は2026年5月時点の公開情報を整理したものであり、税務・法務助言を目的とするものではありません。認定医療法人制度の認定期限・要件、財産評価基本通達の運用、各種税制の改正は随時行われます。実際の承継検討にあたっては、あらかじめ最新の公的情報を確認のうえ、税理士・弁護士・医療法人専門コンサルタント等の専門家にご相談ください。本記事の内容に誤りを発見された場合は、mitoru編集部までご連絡いただければ確認のうえ訂正いたします。
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mitoru編集部の見解
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